機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第6章 機械部品に対する表面処理の役割

6-1 清浄と表面処理

表面処理を適用する場合、汚れが付着したままでは、密着不良になるだけでなく、正常な処理層が得られないなどの不具合を生じてしまいます。汚れ程度や表面処理の種類によっては、全く処理層が形成されないことさえあります。すなわち、表面処理の良否は、前処理としての洗浄技術が握っているといっても過言ではありません。

清浄化に際して、汚れの種類や汚れの程度の把握は当然ですが、対象製品の材質、形状および量などを踏まえたうえで、最適な洗浄剤と洗浄方法を決定しなければなりません。洗浄剤は、図1に示すように、水系、準水系および非水系の三種類に大分類されており、洗浄手段としては、図2に示すような浸漬式や噴射式など多くの方法が実施されています。

水を使う洗浄剤としては、水系と準水系があり、水系洗浄剤には、アルカリ性、酸性および中性の洗浄剤があります。切削油などの脱脂用など一般的な洗浄には水系のアルカリ性もしくは中性のものを用いますが、強固な油脂類など洗浄効果が悪い場合には、準水系洗浄剤のほうが圧倒的に有利です。

図1 洗浄剤の種類

図1 洗浄剤の種類

図2 浸漬式および噴射式洗浄の一例

図2 浸漬式および噴射式洗浄の一例

酸性の洗浄剤は、主に鉄錆やリン酸塩皮膜を除去する際に用いられていますが、この場合には、リンス後にはアルカリによって中和し、さらに洗浄乾燥後は非常に錆びやすくなっていますから、防錆処理が必要です。

非水系洗浄剤は、可燃性(アルコール系、炭化水素系など)と不燃性(塩素系、フッ素系、臭素系など)に分類され、水系や準水系に比べて洗浄力の強いことを特徴としています。アルコールの種類は多いのですが、アルコール系洗浄剤としては、最も安価なイソプロピルアルコール(IPA)が多く用いられています。アルコール類の特徴は、親油性と親水性を併せ持っていることで、浸透性が優れていますから精密製品や微小細部の洗浄に適しています。

炭化水素系洗浄剤にはパラフィン系やナフテン系があり、アルコール系よりも油分の分解力が大きくて洗浄力が強く、毒性は低いので排水処理設備を必要としません。そのため、オゾン層破壊や環境汚染などで問題になっている塩素系やフッ素系洗浄剤からの転換洗浄剤としての使用量が増加しています。ただし、消防法乙種第4類に該当する可燃性溶剤(引火性液体)ですから、取り扱いには十分な注意が必要です。

表1 洗浄剤の利点と欠点

水系 準水系 炭化水素系 塩素系
油性汚れの洗浄 困難 容易 可能 容易
無機物の洗浄 容易 可能 困難 困難
細部の洗浄性 困難 困難 可能 可能
引火の危険性 無い 少ない 注意 無い
乾燥速度 遅い 遅い 中程度 速い
金属への錆発生 注意 注意 無い 注意
樹脂類へのダメージ 無い 注意 注意 無い
蒸留再生利用 不可 不可 可能 可能
排水処理設備 必要 必要 不要 不要
排ガス規制へのリスク 少ない 少ない 注意 大きい
装置価格 安価 高価 中程度 中程度
ランニングコスト 高価 中程度 安価 安価

洗浄剤を用いる場合、表1に示すように、洗浄剤の種類による利点や欠点を十分に理解したうえで、さらには対象製品の種類や汚れの状況によって、適正なものを選定しなければなりません。例えば、油性汚れの洗浄には水系洗浄剤では困難ですが、準水系の有機溶剤や塩素系洗浄剤は有効です。また、無機系の汚れを除去したい場合には、炭化水素系や塩素系洗浄剤よりは水系の洗浄剤のほうが有効です。

図3 ドライ洗浄の種類

図3 ドライ洗浄の種類

図3に示すような、紫外線洗浄やプラズマ洗浄などのドライ洗浄も行われています。液体の洗浄剤が使用できないもの、超微細な空孔を有するもの、などには特に有効ですから、洗浄対象物によっては必然的に利用されています。とくに紫外線洗浄は、各種電子部品、レンズなど光学部品、その他樹脂製品などの精密洗浄に多用されています。紫外線洗浄とは、低圧水銀ランプから照射される紫外線によって油性汚れを除去するものです。波長が185nmの紫外線は酸素と反応してオゾン(O3)を生成し、254nmの紫外線ではオゾンを分解して原子状の酸素を発生します。この原子状の酸素は油性汚れを分解して、CO2やH2Oとして気化させ、表面を清浄化します。

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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