化学製品・高分子製品の基礎講座
4-8 耐熱性、耐寒性
4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。熱可塑性高分子は、さらに非晶性高分子と結晶性高分子に分類できます。非晶性高分子は、側鎖に大きな官能基が付いているような高分子(ポリスチレンやメタクリル樹脂など)によく見られます。大きな側鎖が邪魔して高分子鎖同士が整列した結晶ができません。一方、結晶性高分子は結晶を持ちますが、低分子結晶のように高分子全部が結晶化することは少なく、結晶部分と非晶部分が混在しています。

非晶性高分子は低温ではガラス状態(無定形状態)で、力学的にはもろい性能を示します。温度を上げていくと、ある温度で急にゴム弾性を示すようになります。これは高分子鎖が部分的にミクロな運動するようになったためです。この温度をガラス転移点と呼びます。非晶性高分子は低分子物質のような明確な融点は持たずに液体状態に移行します。結晶性高分子も温度を上げていくと、まず非晶性部分の高分子鎖がミクロな運動を始めるガラス転移点が現れます。さらに温度を上げていくと結晶性部分の高分子鎖もミクロな運動を開始するようになり、結晶が崩れて結晶性高分子全体が液体状態になります。この温度が融点です。非晶性高分子も結晶性高分子も、ガラス転移点前後で高分子の熱的性質、力学的強度、電気特性などが大きく変化するので、使用する温度とガラス転移点の関係は非常に重要です。ポリエチレン、ポリプロピレンなどの例外を除いて、一般にプラスチックはガラス転移点が常温より高い温度にあり、高分子をガラス状態または非晶性部分と結晶性部分が混合した状態で利用しています。これに対して、ゴムはガラス転移点が常温よりかなり低い温度にあり、常温で使用している時には高分子鎖がかなり自由に運動できる状態です。このためゴムは大きく伸びることができますが、加硫による架橋があるため高分子鎖全体がずれてしまうことはなく、外力をなくせば元の状態に戻ります。熱硬化性高分子(架橋したゴムも含め)も、非晶性高分子と同じようにガラス転移を起こしますが、架橋されているためにガラス転移点が不明確になります。融点はもちろんありません。

高分子は金属やセラミックスに比べて、一般に耐熱性が劣ります。耐熱性には、荷重たわみ温度(熱変形温度)、連続使用温度、熱分解開始温度など様々な指標があります。汎用樹脂と呼ばれるポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、塩化ビニル樹脂の熱変形温度は100℃以下です。ポリカーボネート(130~140℃)、ポリアセタール(約130℃)など耐熱性の高いエンジニアリングプラスチックでも150℃以下です。PETやナイロン樹脂は無充填では汎用樹脂並みですが、ガラス繊維で強化すると200~250℃前後に上昇します。液晶性全芳香族ポリエステルやポリイミドのようなスーパーエンジニアリングプラスチックには熱変形温度が300~350℃に達するものもあります。
高分子材料の耐熱性を高めるには、ガラス繊維などの充填材を加えることが一つの方法です。もう一つの方法は、高分子自体の耐熱性を上げることです。このためには、高分子の結晶性を上げるとともに高分子鎖自体を強くすることが重要です。それを実現するには高分子鎖に芳香族を多く入れて炭素鎖を太くし、しかも高分子鎖の直線性を高めることがよく行われます。半面、耐熱性を高くすると融点も高くなり、成形加工性が悪化する傾向があるので、分子設計に当たっては耐熱性と成形加工性の兼ね合いが重要になります。液晶ポリマーは、このような考え方に立って生まれました。
一方、ゴムは耐寒性も重要です。ガラス転移点以下になると、ゴムもガラス状態になってゴムの特徴である弾性が完全に失われ、衝撃によって割れてしまう可能性があります。それに加えて、ゴムは二重結合が残るために劣化しやすく、劣化による硬化も考慮する必要があります。多くのゴムのガラス転移点はマイナス40℃以下なので、相当の寒冷地でもガラス状態にまでなることはありませんが、劣化も考慮するとマイナス20℃~マイナス30℃以下の温度で使用する可能性がある場合には、ゴムの種類、添加剤などを慎重に考慮する必要があります。特にゴムはパッキング、シール材としてもよく使われるので、冷凍機器や低温液化ガス機器などでの使用においては耐寒性に十分に注意する必要があります。多くのプラスチックはガラス転移点以下で使用しているので、耐寒性が特に問題になることはありません。ただし、ポリエチレン、ポリプロピレンはガラス転移点以上、融点以下で使用しているので、耐寒性が問題となる場合があります。特にポリプロピレンのガラス温度がマイナス10℃程度なので、冷凍庫に入れられる容器や寒冷地での自動車部品などは低温下での耐衝撃性に留意する必要があります。通常はエチレンを共重合させたポリプロピレンを使うことによって問題は回避されています。
『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
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1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
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1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
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1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
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1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
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1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
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1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
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1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
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2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
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2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
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2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
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2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
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2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
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3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
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3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
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3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
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3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
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3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
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3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
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3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
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3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
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3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
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3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
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4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
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4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
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4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
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4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
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4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
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4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
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4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
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4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
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4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
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5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
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5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
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5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
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5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
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5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
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5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
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5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
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5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
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5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
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5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
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5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
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5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。