化学製品・高分子製品の基礎講座
4-6 高分子材料に期待される特性
第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。セルロース(木材、わら、麻、綿花など)やタンパク質(毛皮、皮革、羊毛、生糸、にかわなど)です。しかし、それが高分子であることも知らず、にかわを除けば天然に採取できた形をほとんど変えることなく物理的な加工操作だけを駆使して使ってきました。19世紀後半にセルロースを原料に化学的な加工操作を経てセルロイドやレーヨン繊維が発明され、さらに20世紀初頭に最初の合成高分子であるフェノール樹脂(ベークライト)が工業化されました。
合成高分子が天然素材(木材、天然繊維、紙、皮革、天然ゴムなど)や既存の人工素材(金属、ガラス、セメント、陶磁器・セラミックスなど)に比べて、どういう点が優れていたために現在のように幅広く使われるようになったのでしょうか。それは高分子材料に期待される特性を考えることに該当します。
高分子材料の第1の特性は成形加工性の良さです。19世紀後半に発明されたセルロイドやレーヨン繊維は、成形加工できなかったセルロースの欠点を最初に打ち破った新材料として登場しました。4-2には様々な高分子材料に応じた成形加工法を紹介しています。高分子が金属やガラスに比べて低い温度で溶融し、また溶剤に溶解し、あるいは高分子の原料、半原料段階で流動性をもっていることが成形加工性の良さの源泉です。
第2の特性は軽量性です。ポリエチレンやポリプロピレンの比重は0.90から0.97と最も軽い高分子材料です。その他の高分子材料の比重もおおむね1から2の範囲になります。フッ素樹脂は例外で比重が2.1から2.2です。それでも鉄鋼の比重が約7.8、アルミニウムの2.7、ガラスの約2.5に比べると高分子材料がいかに軽量かが良くわかります。ただし、4-3、4-4で述べたように高分子材料には、耐熱性、耐候性、強度などの改良のために充填材を加えることも多く、その場合には比重が2を超える場合もあります。一方で発泡製品にすると0.1以下の比重にすることも容易に行えます。

第3の特性は機械材料に使えるような強さを持たせることができることです。強度については4-7で詳しく述べます。第4の特性は、第1の特性の裏表の関係ですが、他の材料に比べて耐熱性が低いことです。この点は様々な改良が行われており、4-8で説明します。第5の特性は透明な材料が多いことです。この点は4-9で述べます。
そのほかの特性として、電気絶縁性が良いこと、その半面として帯電しやすいこと、耐水性・耐薬品性に優れること、伝熱性が低いこと、表面硬度が低い(傷つきやすい)こと、分子設計や成形加工法の工夫によってさまざまな機能(ガス透過性、イオン反応性、弾性、摩擦係数、光学特性など)を付与できることがあります。
また物理的・化学的特性ではありませんが、高分子材料が広く使われるようになった原因として、成形加工後の使われる状態で比較した場合に、高分子材料は低価格であることが挙げられます。その半面、高分子が安価であることから使い捨て用途に多く使われるために、高分子廃棄物が目立つばかりでなく、マイクロプラスチックとして環境生物に悪影響を与えることも懸念されています。高分子は、ガラスや金属に比べて必ずしも耐候性の良い材料とは言えませんが、土壌中や海洋中での光分解性、オゾン分解性、生物分解性が低いために廃棄物問題が起こっています。プラスチック廃棄物の有効利用率(マテリアルリサイクル、ケミカルリサイクルばかりでなく、廃棄物の燃焼で発生する熱を有効利用するサーマルリサイクルを含む)は日本では近年著しく向上し、プラスチック循環利用協会の調査では2015年度で83%に達しているのですが、海岸などでは相変わらずプラスチック廃棄物が目に付きます。生分解性という特性を付与した高分子もすでに1980年代には工業化されていますが、プラスチック廃棄物問題の根本解決策にはなっていません。優れた特性を持つ高分子材料を使う人が、使用後の廃棄段階まで責任を持つことが求められています。

『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
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1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
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1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
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1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
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1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
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1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
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1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
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1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
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2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
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2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
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2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
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2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
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2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
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3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
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3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
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3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
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3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
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3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
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3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
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3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
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3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
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3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
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3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
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4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
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4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
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4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
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4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
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4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
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4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
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4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
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4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
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4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
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5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
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5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
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5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
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5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
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5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
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5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
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5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
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5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
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5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
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5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
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5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
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5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。