化学製品・高分子製品の基礎講座

私たちは、あらゆるところで多種多様な「化学製品」に囲まれています。 それらの化学製品、あるいは化学物質について、知っておくべきこととは何か。 本連載では、製品の成分や仕様説明に記載されている化学物質、高分子材料について理解できるよう、 化学製品の基礎知識をご紹介していきます。
第3章 化学製品の基本

3-5 接着剤の特徴と分類

接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。ものの表面にくっつくという点では接着剤も塗料も同じですが、塗料は片面のみでくっつき、もう片面は大気に面しているのに対して、接着剤は両面がものにくっつき、しかも接着剤自体の強さによって接合という機能を果たす点が異なります。

接着剤には似た商品がいくつかあります。通常、接着剤は使う前は液体であるのに対して、使用後は固体になって接合という機能を発揮します。 これに対して、粘着剤は、使用前も使用後も濡れた状態を保って接合という機能を発揮します。シーラントは、接合という機能に加えて気体(酸素や水蒸気など)や液体(水など)を通さない機能を重視した化学製品です。 また、封止材は、半導体チップなどを覆うことによって光、熱、湿気、ほこり、物理的衝撃などから保護するための化学製品です。果たしている機能からすると、封止材は塗料と紙一重の差です。

接着剤及び似た機能の化学製品

接着剤及び似た機能の化学製品

接着剤は固体となった接着剤自体の強さによって接合という機能を果たすと説明しましたが、接着強さの要素はそれだけではありません。接着されるもの、すなわち被着材自体が強くなければなりません。 石膏ボードの壁に接着剤でフックを付けても、重いものを掛けると石膏ボードの紙が破れてフックが落ちてしまう経験をされたことがあると思います。さらに、接着剤がものの表面にくっつく強さ、すなわち接着界面の強さが重要です。

以上のことから接着が壊れる原因は3つあることがわかります。固体となった接着剤の破壊(凝集破壊)、被着材の破壊(被着材破壊、材料破壊)、接着界面の破壊(界面破壊)です。このうち、被着材の破壊は、接着する前に被着材の強度を調べることによって予想がつきます。 しかし、被着材の接着界面のごく近くに「弱い境界層」(金属の表面酸化物層、プラスチックの酸化防止剤、紫外線吸収剤などの層、木材、ガラス、セメントなどの表面風化層)が存在する場合には予想外の被着材破壊が起こることがあるので注意が必要です。固体となった接着剤の破壊は、接着剤の種類の選択の問題になります。 接着界面の破壊は接着界面の強さに関わります。

接着界面の強さは接着の原理に直結しています。ものの表面の凹凸に、固体となった接着剤が入り込むことによって接着界面の強さは増します。船が錨を海底に降ろして流されないようにすることに似ていることからアンカー効果と言います。 アンカー効果を強めるために被着材の表面をやすりで磨いたり、サンドブラストをかけたりして、被着材表面の凹凸をつくることもあります。もうひとつの接着の原理は、被着材表面と固体となった接着剤の分子間結合力です。 分子間結合力には強い順に化学結合、水素結合、ファンデルワールス力がありますが、多くの接着剤はファンデルワールス力を利用しています。被着材の表面が水や油分で汚れていると接着界面の強さを著しく低下させるので、接着前に被着材表面を清浄にすることが重要です。 分子間結合力を高くするために、プライマー処理、紫外線処理、コロナ放電処理、陽極酸化処理などによって被着材表面を処理することも行われます。ポリエチレン、ポリプロピレン、フッ素樹脂、ポリアセタール、EPR、シリコーンゴムなどを被着材とする場合には、接着剤との分子間結合力が弱いために、このような表面処理が欠かせません。 プライマーには接着剤、被着材の種類に応じて、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤、長鎖アミン、塩素化ポリオレフィンなど様々な物質が使われ、また新たなプライマーが日々開発されています。

固体となった接着剤自体の強さが必要なことから、固体としては高分子が使われます。昔から使われてきた高分子には、糊、にかわ、漆などがあります。それぞれデンプン、タンパク質、酸化重合物という高分子です。しかし、固体のままでは接着剤として使えないので流動性を持たせる必要があります。 このために様々な形式の接着剤が化学製品としてつくられています。

接着剤 高分子または
低分子のみ
反応型接着剤 フェノール樹脂
アミノ樹脂 ユリア樹脂
メラミン樹脂
エポキシ樹脂系
ポリウレタン系
シアノアクリレート系
アクリル樹脂系
ホットメルト型
接着剤
EVA系
合成ゴム系
熱可塑性エラストマー系
高分子+溶剤 溶液型 酢酸ビニル樹脂系
クロロプレンゴム系
天然ゴム系
水系 エマルション系 酢酸ビニル樹脂系
EVA系
アクリル樹脂系
合成ゴムラテックス系
水性 PVA系

接着剤には大きく分けて、原則として高分子または低分子のみから成るものと、高分子と溶剤からなるものがあります。

図に示す反応型接着剤は、固体になった時に熱硬化性高分子となる製品が多く含まれています。接着剤として使用前は流動性のあるプレポリマーです。フェノール樹脂、アミノ樹脂は、加熱によってプレポリマーを反応させて熱硬化性高分子にして接着機能を発揮させます。 合板や集成材(積層材)のような木製品の製造に大量に使われる接着剤です。エポキシ樹脂系、ポリウレタン系、アクリル樹脂系は、接着剤として使用する直前にプレポリマーと硬化剤成分とを混合させることによって接着後に固体の熱硬化性高分子にします。 金属、コンクリート、タイル、床材、プラスチックなど幅広い接着用途に使われます。とくにエポキシ樹脂系は機械部品の接着などに優秀な構造用接着剤としても使われます。 硬いもの同士を接着する際に使えるもっとも強力な接着剤です。シアノアクリレート系は、使用前は低分子モノマーのシアノアクリル酸エステルです。これを被着材に塗布すると、空気中の水分によって重合反応が始まり高分子となります。瞬間接着剤として使われます。

ホットメルト型接着剤は熱可塑性高分子の性質を活用した接着剤です。接着剤使用前から固体ですが、使用時に加熱すると容易に溶融するので接着剤として使用できます。溶融物を塗布・圧着すると冷却されてすぐに固体になります。段ボール、板紙の製函、包装袋の接着、製本のような、非常に高速の接着に使われます。

溶液型は有機溶剤に高分子を溶解させた接着剤です。接着剤使用時に有機溶剤の臭いがします。酢酸ビニル樹脂は安価で広く使われ、またクロロプレンゴムは代表的なゴム系接着剤として金属、プラスチック、木材などの接着に幅広く使われます。 一般にゴム系接着剤は、固化後の接着剤に弾力性があるので、皮革、ゴム、布のような柔らかいもの同士の接着に適した接着剤です。

水系は有機溶剤を使わないので引火の危険性や毒性がない接着剤です。水系接着剤には、高分子が水に溶解しているものと、高分子が水に溶解せずエマルション(乳化)状態になっているものがあります。水に高分子が溶解している接着剤には、古くからの糊、にかわがありますが、現在ではポリビニルアルコールのような合成高分子を使った製品もあります。 一方、エマルション系製品のうち、酢酸ビニル樹脂エマルションは木工用の代表的な接着剤です。アクリル樹脂エマルションは酢酸ビニル樹脂エマルションよりも接着性、耐水性に優れています。合成ゴムエマルションは代表的な床用接着剤です。

塗料と同じく接着剤でもVOC(揮発性有機化合物)規制(2-4 参照)は大きな課題です。住宅内装関連の接着剤に対して、日本接着剤工業会は「室内空気汚染対策のためのVOC自主管理規定」を制定し、4種類のVOC物質を配合していない製品に「4VOC基準適合製品」の登録・表示制度を開始しています。 接着剤では水系製品への転換が塗料に比べて進んでいます。

接着剤使用にあたって、もうひとつ留意すべき大きな課題はシックハウス対策です。接着剤は、合板、集成材の製造、家具の製造、壁紙や床材の接着に広く使われるためシックハウス症候群の原因になる可能性があり、接着剤の選択には注意が必要です。

執筆: 日本化学会フェロー 田島 慶三

『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次

第1章 化学製品を理解するための基本

第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制

第3章 化学製品の基本

第4章 高分子製品を理解するための基本

第5章 主要な高分子材料の種類と特長

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