遠心ポンプの基礎講座
本連載では遠心ポンプにスポットをあてて、ポンプの種類、またポンプで使われる記号や圧力計の読み方などの豆知識まで、さまざまな事項をご紹介していきます。
遠心ポンプの実践講座はこちら>>
5-5 ポンプのNPSHAとNPSH3
前節「2-6 ポンプの吸込揚程と求め方」において、NPSHAとNPSH3の意味及び両者の関係を説明しています。要約すると、次のようになります。
「NPSH3」はポンプ固有のヘッド
そして、ポンプがキャビテーションを起こさないで安全に運転されるためには、
NPSHA>NPSH3 |
---|
という関係になることが必要です。
NPSH3はポンプ固有のヘッドですが、どうやって求めることができるのでしょうか。理論があるわけではなく、また計算式があるわけでもありません。ポンプメーカは試験をしてNPSH3を求めています。
それでは、NPSH3の試験方法について説明します。試験装置はポンプの全揚程、効率、軸動力などを測定する性能試験装置と同じものを使います。 NPSH3の試験では、吸込圧力をどんどん下げていく必要があるために、吸込タンクが大気開放のときは吸込弁を絞りながら吸込圧力を下げ、吸込タンクが密閉であれば真空ポンプを使って吸込タンク内の圧力を下げていきます。 そのため、小さいポンプでは特に吸込圧力が大気圧力よりもかなり低い真空になるので、吸込配管から空気が混入しやすくなります。空気が混入すると、NPSH3をうまく測定できないために、 フランジの合せ面にOリングを入れたり、吸込タンクを地上面よりも低くしたり、吸込弁を水中に入れたりするなどの工夫をしています。
具体的に測定方法を説明しましょう。測定する吐出し量は、締切点を除いて数点の吐出し量で行います。 測定しようとする吐出し量の点で、吐出し弁を使って、吐出し量を一定に保ち、かつ、吸込圧力を徐々に下げながら、NPSHAと全揚程を計測します。吸込圧力を下げると、NPSHAも小さくなります。
その様子を図5-5-1に図示します。図5-5-1は横軸にNPSHAをとり、立軸に全揚程の低下率をとっています。吐出し量を一定に保ちながら、吸込圧力を徐々に下げていくと、NPSHAは徐々に零(0)へ向かって小さくなります。 実際の試験は吸込圧力が十分高い状態でまず全揚程を計測し、吸込圧力を少し下げて全揚程を計測し、更に少し下げて全揚程を計測します。 これを繰り返していくと、吐出し量が一定でも全揚程が低下してきます。 吸込圧力が十分高い状態、つまりNPSHAが十分にある状態のときの全揚程の低下率を0 %とし、その低下率が3 %になったときの「NPSHA」が「NPSH3」になります。 このようにして、やっとNPSH3の1点が求まるのです。次に、また異なる吐出し量に変えて、同じように計測してNPSH3を求めます。 数点の吐出し量におけるNPSH3を計測することによって、NPSH3は曲線で表すことができるようになります。

図5-5-1 NPSH3の試験
NPSHAは吸込条件で決まるヘッドなので、吸込タンクが大気開放か密閉か、吸込液面がポンプ軸中心より上にあるか下にあるか、吸込配管径が大きいか小さいかなどによってNPSHAは変わります。
前節「2-6 ポンプの吸込揚程と求め方」において、吸込タンクが大気開放で、吸込液面がポンプ軸中心より下にある場合について説明しています。ここでは、これ以外の状態におけるNPSHAの計算について紹介します。
この状態及びNPSHAの計算式を図5-5-2に示します。単位は「SI系」でなく「CGS系」になっているので、「SI系」の単位のときは、
1 MPa = 10.1972 kg/cm2 |
---|
を使って換算してください。

図5-5-2 配置-押込み
図5-5-2によると、NPSHAは次の値で計算できます。
- Ps:液面の圧力(kg/cm2a.)
- Pvp:液の飽和蒸気圧力(kg/cm2a.)
- ha:液面とポンプ羽根車中心の高さ(m)
- hL:ポンプ羽根車入口までの圧力損失(m)
- ρ:液の密度(g/cm3)
ここで、液面の圧力は大気圧力なので変動はない、液温が変わらないので液の飽和蒸気圧力及び密度は変わらない、液面に変動がないので液面とポンプ羽根車中心の高さは変わらない、 すなわち、Ps, Pvp, ha及びρを一定とすれば、NPSHAはポンプ羽根車入口までの圧力損失hLだけの変数になります。
ポンプ羽根車入口までの圧力損失hLは、吸込配管内の流速の2乗に比例して増加します。ポンプの吐出し量と吸込配管内の流速は比例関係にあるので、 結局、圧力損失hLは吐出し量の2乗に比例して増加します。すなわち、NPSHAは吐出し量が零(0)のとき最大になり、吐出し量の2乗に比例して低下するのです。
例えば、Ps, Pvp, ha及びρのうち一定でないときがあれば、安全を見て、NPSHAが小さくなるように計算します。
この状態及びNPSHAの計算式を図5-5-3に示します。

図5-5-3 配置-密閉タンク
- Ps:液面の圧力(kg/cm2a.)
- Pvp:液の飽和蒸気圧力(kg/cm2a.)
- ha:液面とポンプ羽根車中心の高さ(m)
- hL:ポンプ羽根車入口までの圧力損失(m)
- ρ:液の密度(g/cm3)
- 1 MPa = 10.1972 kg/cm2
この場合、吸込タンク内では最初は液面が不安定であっても、そのうち液面の圧力Psと液の飽和蒸気圧力Pvpが釣り合って、液面が安定した状態になります。 ポンプ羽根車入口までの圧力損失 hLは、ポンプの吐出し量Qの2乗に比例して増加することに変わりがないので、「NPSHA」は、吐出し量Q=0のときが最大で、Qの増加とともに、2次曲線で低下します。
ここで、吸込タンク内を想像してみてください。吸込タンク内の圧力が、液の飽和蒸気圧力より低いと液は気化します。 気化し続けている間は、液面が不安定になっています。そして、気化によってできた気相がタンク内の圧力を高め、飽和蒸気圧力に達すると気化が終わり液面は一定になるのです。
液化ガスなど飽和蒸気圧力が高い液体を扱うポンプでは、しばしばNPSHAが小さくなることがあります。その場合、横軸ポンプが使えなくなるので、吸込キャン付き立軸多段ポンプを使用します。
吸込キャン付き立軸多段ポンプの場合、図5-5-4に示す基礎面からキャン下端までの高さ H及び1段目の羽根車を基準にした場合のNPSH3 Δhは、発注前の引合い時は、購入者には不明です。 したがって、「NPSHA」は吸込ノズル中心におけるNPSHA Avの値を指示すると便利になります。
このような立形ポンプは、見かけ上のNPSHAを大きくするために、地中に穴を掘って、ポンプ部はその穴の中に設置されます。

図5-5-4 吸込キャン付き立軸多段ポンプのNPSH3
- Av:吸込ノズル中心におけるNPSHA (m)
- Req.:吸込ノズル中心におけるNPSH3 (m)
- A:余裕 (m)=NPSHA-NPSH3
- Δh:1段目の羽根車を基準にした場合のNPSH3 (m)
- H:基礎面から吸込ノズル中心までの高さ (m)
- L:基礎面からキャン下端までの高さ (m)
『遠心ポンプの基礎講座』の目次
第1章 ポンプの基礎
-
1-1ポンプの概況1国内では毎年400万台のポンプを生産していますが、現在国内で運転されているポンプは何台になるのでしょうか。
-
1-2ポンプの概況2専用に使用されるポンプには、雨水ポンプ、汚水ポンプ、汚泥ポンプ、グラインダーポンプ、消火ポンプ、石炭輸送ポンプ、LNGポンプ、熱媒ポンプ、人工心臓血液ポンプなどいろいろとあります。
-
1-3ポンプの概況3単段ポンプでは圧力が足りない場合、羽根車数を多くした多段ポンプを使用します。ここでは、輪切り多段ポンプ、水平割り多段ポンプ及び二重胴多段ポンプの3種類に分けて紹介します。
-
1-4ポンプの種類ポンプの種類は作動原理からみると、ターボ形、容積形などに分類でき、また構造上からは、横軸、立軸、単段、多段などに分類できます。
-
1-5ポンプの特徴「1-4 ポンプの種類」において、API 610という規格にしたがったポンプの記号を説明しました。ここでは、各記号のポンプそれぞれの特徴を掘り下げて説明します。
-
1-6ポンプの用途ポンプは、電力、自動車、建設機械、船舶、鉄鋼、石油精製、石油化学、化学、食品、パルプ、医療など、国内外のほとんどの産業分野において、送液、循環、加圧用などとして使用されています。
-
1-7国内のポンプ生産ポンプがどのぐらい生産されているのかを見てみましょう。経済産業省はホームページに、国内におけるポンプ形式別の生産台数及び生産金額の統計を公表しています。
-
1-8世界のポンプ生産それでは世界のポンプ生産はどうでしょうか。少し古いのですが、「the McIlvaine Company」の統計によると、世界におけるポンプの生産金額は、図1-8-1に示すように、2000年には米ドルで200億ドルとなっています。
第2章 ポンプの豆知識
-
2-1ポンプで使用する記号ポンプの特性や仕様を指定するときに、一般に使用されている用語の代りに、よく記号を使っています。
-
2-2ポンプで使用する単位と換算方法ポンプで使用する記号は、世界的な規格がないためにさまざまあります。また、ポンプで使用する単位は「SI単位」が世界的な標準なのですが、 実際には「CGS系単位」や「工学系単位」もまだ多く使われています。
-
2-3ポンプの圧力と圧力計の読み方ポンプを設置して試運転のとき、ポンプが正規の圧力を出しているかどうか確認する必要があったり、使い始めて数年経過してポンプの圧力がどの程度低下しているかを確認したりすることがあります。
-
2-4ポンプの特性を表す比速度遠心ポンプにおいて、特性を表わすための値として、吐出し量、全揚程、効率、回転速度、NPSH3などがあります。
-
2-5ポンプの吸込性能を表す吸込比速度ポンプの特性や形状を表す特性数に比速度Nsがあります。似たような特性数として、吸込比速度Sというものがあります。
-
2-6ポンプの吸込揚程と求め方「このポンプは何m吸い上げられるか」ということが、話題になることがあります。図2-6-1に示すhaが吸い上げることができる高さ、すなわち吸込揚程になります。
第3章 ポンプの性能
-
3-1ポンプの性能曲線の見方ポンプの性能は、吐出し量を基に、それぞれの吐出し量に対する全揚程、効率、軸動力、NPSH3、電流などの能力のことをいいます。
-
3-2ポンプの効率遠心ポンプの効率について規定している規格として、国内では次のJIS規格があります。
-
3-3ポンプの回転速度の変化吐出し量を少なくしたい、吐出し圧力を下げたいなど何らかの事情によって、ポンプの性能を下げる必要があることがあります。
-
3-4ポンプの吸込口と吐出し口の口径ポンプには吸込口と吐出し口があります。そして、ポンプを運転するためには、一部の水中ポンプを除き、吸込配管及び吐出し配管が必須であり、弁、ストレーナなどを含めてポンプに付設されます。
第4章 ポンプの選定
-
4-1ポンプの選定ポイント基本的には、購入者が横軸、立形などポンプの形式を指定します。そして、ポンプメーカは指定された形式で仕様が満足できるかどうかを確認して、最適なポンプを選定します。
-
4-2ポンプの選定ポンプが必要なとき、どのようにポンプを選定するのがよいのでしょうか。用途や使用年数などによって、当然選定するポンプは変わります。
第5章 知っておきたいポンプの技術
-
5-1ポンプの国内の設計規格ポンプは、目指す市場に適当と考えられる設計規格に適合または準じて設計されています。
-
5-2ポンプの国際的な設計規格ポンプに関する国際的な設計規格として、表5-2-1に示す「API 610」、「ANSI B 73.1」及び「ISO規格」があります。
-
5-3ポンプのシールの漏れ量ここで取り上げたいシールは、軸封に使用するメカニカルシール及びグランドパッキン、軸受ハウジング内の潤滑油を外部に漏れないようにシールするデフレクタ及びオイルシールの4つの部品です。
-
5-4ポンプで使うシールの選定遠心ポンプの主要な構成部品は、ケーシング、羽根車、主軸、軸受及びシールです。
-
5-5ポンプのNPSHAとNPSH3前節「2-6 ポンプの吸込揚程と求め方」において、NPSHAとNPSH3の意味及び両者の関係を説明しています。要約すると、次のようになります。
-
5-6ポンプの吸込ストレーナ吸込ストレーナのメッシュは、想定される異物が通過できない大きさにする必要があります。または、ある大きさ以下の異物がポンプに混入しても問題なければ、その大きさにします。
-
5-7ポンプの吸込口、吸込タンク及び吸込配管ポンプは吸込口から空気を吸い込むことを避ける必要があります。
-
5-8横軸ポンプ始動前の空気抜きポンプは流体機械の1つと定義されています。流体機械は、液を扱うポンプと気体を扱う送風機及び圧縮機があるので、正確に言うと、真空ポンプを除き、ポンプは液体機械なのです。
-
5-9ポンプの締切運転ポンプの締切運転、すなわち吐出し量が零(0)のときでも、図5-9-1に示すように、ポンプには軸動力S (kW)が負荷されています。
-
5-10ポンプの全揚程と吐出し圧力の関係ポンプの吐出し圧力は、ポンプの性能曲線に示される全揚程を圧力に換算した値と同じではありません。吸込圧力を考慮する必要があります。
-
5-11ポンプの性能曲線と運転点の関係ポンプは独自に自由に運転点を決めることはありません。ポンプには吸込配管及び吐出し配管が必要です。
-
5-12ポンプの保護装置ポンプの保護装置には、異常を引き起こさないためにあらかじめ設けるミニマムフローラインがあり、また、機能の異常を検知してポンプを停止するために、振動計、温度計、漏洩検知器などの機器があります。
-
5-13ポンプの管理基準管理標準とは、ここではポンプに関することに限定し、トラブルを最小限に抑えて必要経費を縮減するために、点検項目を決めて管理するための基準とします。
-
5-14ポンプの標準化「標準化」とは、広辞苑によると、「工業製品などの品質・形状・寸法を標準に従って統一すること。これによって互換性を高める。」とあります。