化学製品・高分子製品の基礎講座
5-11 フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)
フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。その後も量的に大きいポリマーにはなっていません。しかし、その後に開発された高分子では代替できないユニークな特性を持ったポリマーの両巨頭として、現在も新製品が開発され、発展を続けています。
フッ素樹脂は、ポリテトラフルオロエチレンPTFEが偶然に見つかったことによって始まりました。その後、図に示すような様々なフッ素樹脂が開発されました。

その偶然とは、1938年に米国デュポン社の冷媒を研究していた研究者が、テトラフルオロエチレンを合成してボンベに充填し、翌朝バルブを開けて取り出そうとしたら何も出てこなかったという出来事です。ボンベの重さは変わっていないので、ボンベを開けて逆さまに振ったところ、白い粉が出てきました。その研究者は、冷媒の実験材料が自然に重合してしまう失敗をしたと考えました。しかし気を取りなおして、その白い粉を研究してみたら、それまでの高分子には知られていなかったユニークな特性を持つことがわかったのです。
フッ素樹脂は、熱可塑性樹脂の中で傑出した耐熱性、耐薬品性、耐候性、電気絶縁性、表面特性を持ちます。そのような特性はフッ素が他の元素にないユニークな特性を持つことによって生まれます。すなわち原子番号9のフッ素原子は、ファンデルワールス半径(原子が集まって分子や結晶をつくるときの原子間の距離)が水素原子、ヘリウム原子に次いで3番目に小さな原子です。原子番号がフッ素よりも小さな窒素原子(原子番号7)、酸素原子(8)に比べても小さい点がユニークです。しかも電気陰性度がすべての元素の中で最も高く、炭素―フッ素の結合エネルギーが非常に大きいという特徴があります。このようなフッ素原子の特性から、フッ素樹脂の著しく高い耐熱性、耐候性(耐紫外線性)、耐薬品性などが生まれます。また分子間に働く力が小さく、表面の自由エネルギーが低いことから非粘着性で、摩擦係数がすべてのプラスチックの中で最も小さいという特性も生まれます。
最初に見つかったPTFEは連続使用温度が約260℃と高く、摩擦係数が著しく小さいなどの特性を持ちます。融点は約327℃ですが、溶融流動性がなく射出成形や押出成形ができません。このため、粉末材料の圧縮成形や有機溶剤を使ったペーストをシートやパイプにしてから焼成する、または分散液を金属表面に流したあと焼成してフィルムをつくるなど成形加工には大変に苦労します。PTFEの耐薬品性、耐熱性、非粘着性などの特性を生かして、化学装置のライニング、ガスケット、摩擦摺動製品(軸受けなど)、電気絶縁部品などに使われています。焦げ付かないフライパンやお米がへばりつかない炊飯器内釜など、身近な用途にも使われています。
図に示したPTFE以外のフッ素樹脂は、いずれもPTFEの成形加工性の悪さを改良しています。PTFEと同じく炭素とフッ素だけから成るPFEPは、物性がPTFEに似ており、しかも使用可能温度領域がマイナス200~プラス200℃と耐熱性だけでなく、耐寒性にも優れます。押出成形によって電線被覆を行うことが可能で、また射出成形によって電子部品、電気部品、理化学実験器具などをつくることができます。PFAは連続使用可能温度がPTFEに匹敵する一方、260~280℃で溶融してフィルムをつくることができます。その他、水素原子や塩素原子が入ったフッ素樹脂、エチレンとの共重合のフッ素樹脂は、耐熱性、耐薬品性がPTFEよりやや劣るものの成形加工性がさらに改良されています。フッ素樹脂は、また耐候性が抜群に優れた塗料としても使われます。フッ素樹脂の原料モノマーとビニルエーテルを共重合させたポリマーは、溶剤に溶けるので使いやすいフッ素樹脂塗料になります。
フッ素樹脂全般に言える大きな欠点はコストが高いことです。したがって、どうしてもフッ素樹脂でなければという限定された用途に必要な量だけ使われます。
フッ素樹脂の耐薬品性を生かした注目される最近の用途開発として、高分子電解質型燃料電池があります。PFAのような構造のフッ素樹脂の側鎖の端にスルホン酸基やカルボン酸基を付けて高分子電解質をつくります。1980年代に日本で最初に工業化されたイオン交換膜法塩水電解装置は、世界の塩素・苛性ソーダ工業の技術を70~80年ぶりに大きく変革しました。高分子電解質型燃料電池によってフッ素樹脂がさらに飛躍することが期待されます。
ケイ素樹脂は図に示すように、高分子の主鎖骨格に炭素原子がまったく入っていないユニークな高分子です。ケイ素樹脂はシリコーンとも呼ばれますが、骨格がケイ素―酸素なのでポリシロキサンと呼ぶこともできます。

ケイ素樹脂は図のように鎖状の高分子と網目状の高分子をつくり分けることができます。ケイ素樹脂はメチルクロルシランを原料にして、まず水と反応させて塩素原子を水酸基に変え、さらに2つの水酸基が反応して水分子がひとつ抜け、酸素が残る重縮合反応をさせてつくられます。その際に、図に示す塩素原子が2つだけのジクロロジメチルシランを原料にすると鎖状の高分子をつくることができます。塩素原子が3つのトリクロロメチルシランを原料にすると、3方向に高分子鎖が伸びていく成分が入ったので網目状高分子ができます。

鎖状のケイ素樹脂は液体なのでシリコーンオイルと呼ばれます。ジクロロジメチルシランに少量のトリクロロメチルシランを加えてつくったケイ素樹脂はゴム弾性をもつのでシリコーンゴムと呼ばれます。実際には、過酸化物の加硫剤を加えて、加硫操作を行うことによって完全なゴム製品にします。トリクロロメチルシランを主体につくられるケイ素樹脂は熱硬化性高分子になるのでシリコーンレジンと呼ばれます。
ポリシロキサン骨格が柔軟で、しかも耐熱性があるために、ケイ素樹脂は柔軟で耐熱性、耐寒性、耐候性に優れた高分子です。オイル、ゴム、レジンとも約200℃の長期耐熱性を持ち、積層製品は250℃まで耐えることができます。一方、ゴムでもマイナス60℃前後まで弾性を失わずに使うことができます。またメチル基のような無極性の側鎖の場合には優れた電気絶縁性を持ち、シリコーンオイルは絶縁油として使われます。半面、強酸、強アルカリに侵され、また炭化水素油のような無極性溶剤に膨潤しやすい欠点もあります。
シリコーンオイルは、潤滑油としてはあまり優れませんが、機械油、特殊切削油、絶縁油として使われます。またユニークな用途がいくつかあります。金型から成形品を取り出しやすくする離型剤、粘着テープなどに使われる再剥離剤、食品工業、紙パルプ工業、化学工業などの製造工程で発生する泡を消す消泡剤、塗料の塗膜表面の状況(刷毛跡など)を改善するレベリング剤、ウレタンフォームの製造に不可欠な整泡剤(発泡安定性)、繊維の仕上げに使われる繊維処理剤(撥水剤、柔軟性・平滑性を改善する風合い改良剤など)、シャンプー・コンディショナー・その他化粧品に使われる添加剤、皮革・合成皮革の表面つや出し剤など、その用途は非常に多彩です。
シリコーンゴムは広い温度範囲で使え、しかも紫外線、オゾンへの抵抗性が高いため、複写機ロール、電線被覆、ガスケットなどに使われます。また人体への生理作用が認められないため、哺乳ビン乳首、カテーテル、整形外科・形成外科の材料として使われます。最近はコストが低下したためかシリコーンゴム製の調理器具も手に入りやすくなりました。
シリコーンレジンは、ポリシロキサン単独のほか、アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂などで変性したものも使われます。耐熱性の要求される電気絶縁材料や塗料、コーキング材につかわれるほか、積層板などの成形材料としても使われます。
『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
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1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
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1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
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1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
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1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
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1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
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1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
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1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
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2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
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2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
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2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
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2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
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2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
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3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
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3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
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3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
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3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
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3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
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3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
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3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
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3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
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3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
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3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
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4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
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4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
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4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
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4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
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4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
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4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
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4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
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4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
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4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
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5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
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5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
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5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
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5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
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5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
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5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
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5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
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5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
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5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
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5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
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5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
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5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。