化学製品・高分子製品の基礎講座
5-10 アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)
アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。ややこしいのは、メタクリル樹脂が私たちの日常生活で最も身近に見られるアクリル樹脂なので、メタクリル樹脂をアクリル樹脂と言うことが多いことです。また、ポリアクリロニトリルの繊維は、ポリエステル、ナイロンと並ぶ三大合成繊維のひとつのアクリル繊維です。これも単に「アクリル」と呼ばれることが多いので混乱に拍車をかけています。

アクリル系ポリマーは次の表に示すよく似た構造のモノマーを原料としています。名前に応じて対応するモノマーを主原料にしますが、ポリアクリル酸エステル、ポリアクリロニトリルなどは、しばしば他のモノマーも副原料として使います。エステル基(COOR)のRの部分を表に示すようにいろいろ変えることによって、高分子の硬さを調整したり、高分子になった後でも、なお反応性を持たせたりと、物性、反応性を変えることができます。それによって、熱可塑性アクリル樹脂になったり、熱硬化性アクリル樹脂になったりと変化させることができ、また繊維の染色性を改善することができます。

その一例としてコンタクトレンズに使われるアクリル樹脂を紹介します。コンタクトレンズには最初にポリメタクリル酸メチルPMMAがハードコンタクトレンズとして使われました。しかし、PMMAでは酸素透過性が低いので、エステル基部分を修飾したシロキサニルメタクリレートやフルオロメタクリレートが開発され、使われています。一方、ソフトコンタクトレンズ(含水レンズ)には、エステル基をヒドロキシエチル基にしたポリメタクリル酸ヒドロキシエチルが開発され、広く使われています。このようにアクリル樹脂は、用途ごとの期待される性能に応じて、容易にエステル基部分を変化させることができる点が長所です。
以下ではアクリル系ポリマーのひとつひとつを説明しましょう。
メタクリル樹脂の中でも、エステル基がメチル基であるポリメタクリル酸メチル(PMMA)は最も古い歴史をもつアクリル樹脂です。しかも現在でも最大の生産量を誇る代表的なアクリル樹脂です。メタクリル樹脂をメタアクリル樹脂と呼ぶ人を見かけることがありますが、これは化学の用語の使い方の上から明らかな間違いです。
PMMAはすべてのプラスチックの中で最も優れた透明性を持ち、比重はガラスの半分、衝撃強さはガラスの数倍で、耐候性に優れ、長期間屋外に曝されても劣化、変色が少ない優れた樹脂です。プラスチックの中では非常に早く開発され、1930年代前半に工業化されて、すぐに航空機の風防ガラスとして使われました。現在では透明性を生かした用途に広く使われています。光ファイバーは、ガラス製が長距離用途に対して、PMMA製は自動車内、家庭内などの短距離用に広く使われています。水族館の大型水槽や北海道・旭山動物園で有名になった複雑な形の水槽はPMMAでなければつくれない用途です。このほか、液晶ディスプレイの導光板、ビデオカメラのレンズ、サングラス、自動車のランプカバーレンズ、計器板カバーなどにも使われています。透明でなく、白色など不透明に着色しているので身近にありながら意外に気付かない用途が、ビルなどで社名などを表示している看板です。看板はPMMAの板製品の大きな用途です。
ポリアクリル酸エステルは、アクリル酸エステル単独で、またはメタクリル酸エステルやスチレンなどとの共重合体として塗料、接着剤、粘着剤に使われます。すでに説明したようにエステル基の部分を変えることによって熱可塑性を熱硬化性ポリマーに、また溶剤溶解性(油性)を水溶性(水性)ポリマーに変えることができます。通常の塗料のほか自動車用の焼付塗料などもつくることができます。アクリル塗料は1950年代に普及し、透明感のあるきれいな塗装面が特徴です。しかし、その後に出現したウレタン塗料やシリコン塗料などに比べてひび割れしやすく、現在では押されています。アクリル樹脂が耐候性に優れるとは言っても、塗り替えを行わなければならない期間の点で後発の優れた樹脂には劣ります。しかし、アクリル塗料は安価で使いやすい塗料という長所があります。熱硬化性ポリアクリル酸エステルはFRP(繊維強化プラスチック)として高級な浴槽、化粧台などに使われます。不飽和ポリエステル樹脂に比べて美しく、耐候性、耐水性に優れます。
アクリル酸ナトリウムにアクリル酸エステルや酢酸ビニル(あとでケン化)などを共重合し、さらに適度に架橋したポリマーは、紙おむつなどに最もよく使われる高吸水性樹脂として知られています。この樹脂はアクリル樹脂の中では最も新しく1980年代に工業化されました。COOマイナスイオンやOH基をもつポリマーの網目の中に水がとらえられ、スポンジと異なって押しても水が出ません。しかも網目自体が比較的柔らかいので大きく膨潤することができます。
アクリロニトリルを主体に、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステルなどを共重合したポリアクリロニトリルは、鮮やかな染めのセーター、毛布、じゅうたんなどになるアクリル繊維として使われます。またガスバリア性を生かして食品包装用フィルム、シートにも使われます。一方、アクリル繊維を不活性化ガス中でゆっくりと焼成するとPAN系炭素繊維になります。PAN系炭素繊維は東レ、三菱ケミカル、東邦テナックス(帝人子会社)の3社で世界の7割を占める、日本が誇る高機能材料です。1970年代に釣竿、テニスラケットなどから始まった長年にわたる開発活動によって、最近は航空機本体や翼、風力発電の羽根など非常に大型のプラスチック製品(エポキシ樹脂とのFRP製品)がつくられるようになりました。
アクリルアミドは、アクリロニトリルを加水分解してつくられます。金属触媒法に代わるバイオ法が1980年代に日本で開発されました。ポリアクリルアミドは成形材料でないので、一般には知られていないポリマーです。しかし、高分子凝集剤として廃水処理、下水処理には不可欠な、社会を縁の下で支えている薬剤です。アクリルアミドだけの重合でつくられるポリアクリルアミドは非イオン性の高分子凝集剤ですが、アクリル酸ソーダとの共重合体はアニオン性、またアクリルアミドのアミド基やアクリル酸のカルボン酸基を修飾してつくられる4級アミン塩の付いたポリマーはカチオン性高分子凝集剤になります。このようにすべてのイオン性、非イオン性高分子凝集剤をつくることができるので下水汚泥の脱水、懸濁物質を多く含む産業廃水の清澄化、鉱物の湿式精錬における不純物の除去など様々な用途に対応できます。一方、ポリアクリルアミドは製紙工程でも不可欠な薬剤です。紙は水に懸濁させたパルプを抄紙してつくられます。ポリアクリルアミドはパルプを凝集することによって、ろ水性向上剤・歩留まり向上剤として働くだけでなく、出来上がった紙を強くし、破れにくくする紙力増強剤としても使われます。
このようにアクリル樹脂は成形用プラスチック、合成繊維用樹脂から、塗料・接着剤用樹脂、さらには様々な高分子薬剤と、非常に広範な分野に使われています。
『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
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1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
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1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
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1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
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1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
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1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
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1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
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1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
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2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
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2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
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2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
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2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
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2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
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3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
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3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
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3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
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3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
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3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
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3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
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3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
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3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
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3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
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3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
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4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
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4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
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4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
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4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
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4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
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4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
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4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
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4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
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4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
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5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
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5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
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5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
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5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
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5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
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5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
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5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
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5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
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5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
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5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
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5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
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5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。