化学製品・高分子製品の基礎講座
5-7 エンジニアリングプラスチック
5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。その中でもさらに耐熱性が150℃以上のプラスチックをスーパーエンジニアリングプラスチック(特殊エンジニアリングプラスチック)と呼びます。スーパーエンジニアリングプラスチックについては5-14で述べ、ここではエンジニアリングプラスチックについて説明します。
エンジニアリングプラスチックの中でも、5-5で述べたガラス強化PETとポリブチレンフタレートPBT、5-6で説明したナイロンPAに加えて、ポリカーボネートPC、ポリアセタールPOM、変性ポリフェニレンエーテル(変性PPE)の6つを汎用エンジニアリングプラスチック(長たらしいので汎用エンプラと略します)と呼びます。

エンジニアリングプラスチックは、1956年にデュポン社がポリアセタールを工業化した際に初めて使った名称です。それまではもっぱら金属でつくられていた機械部品を金属に代わってつくりうるプラスチックという意味で生まれた言葉です。金属に代わるには一定の強度と耐熱性が必要ですが、プラスチックがその域に達することはなかなか困難です。しかし、熱可塑性プラスチックの強みである軽量性(比重の小ささ)と成形加工性の良さ(デザインの自由度、一体成形の可能性、成形速さ)、防錆性などが強力なバックアップになり、少しずつ金属を代替してきました。そのようなエンジニアリングプラスチックらしい用途としては、自動車部品、電気電子部品、歯車のような一般機械部品、椅子のキャスターやヘルメットのような一般器具部品まで幅広くあります。エンプラは金属に代わるプラスチックの新用途を開拓する一方で、しばらくするとユーザーからのコストダウン要請のためにABS樹脂やガラス繊維強化PPなど価格の安い汎用プラスチックから追い上げられるという運命にあります。
4-8、4-9で説明したようにプラスチックには結晶性プラスチックと非晶性プラスチックがあります。汎用エンプラのうち、ガラス繊維強化PET、PBT、PA、POMが結晶性プラスチックで、PCと変性PPEが非晶性プラスチックです。結晶性の汎用エンプラはガラス転移点を越えても結晶部分によって強度が保たれるので融点近くの温度まで使用できるものが多いのに対して、非晶性プラスチックはガラス転移点を超えると分子鎖が動き出すので強度が一気に低下します。PCや変性PPEのガラス転移点はほぼ150℃で、この温度はちょうど汎用エンプラの耐熱性の限界温度に相当します。一方、結晶性汎用エンプラの融点は220℃から290℃と汎用プラスチック(110℃~220℃)に比べてかなり高くなり、成形温度も高くなります。それに加えて金型内において結晶化が十分に進むように金型温度を一定時間保つなどの配慮が欠かせません。十分に結晶化が進まないと、期待した強度や耐熱性が得られないことがあります。
それでは、PET、PA以外の汎用エンプラについて個々に説明します。ポリアセタールPOMはすでに説明したようにエンジニアリングプラスチックという概念を生み出したプラスチックです。ホルムアルデヒドHCHOを重合した-CH20-という単位が連結した簡単な分子構造から成りますが、エチレンオキサイドなどを共重合して-CH2CH2O-の構造も加えたコポリマーが工業的には多くつくられています。ポリアセタールは末端の-CH2OH基を残すと、ここからジッパーが開くように解重合してしまうので末端をアセチル化やメトキシ化するなどの末端安定化処置が必要です。POMは融点180℃の結晶性プラスチックで、溶融物の流動性が良く、結晶化速度も速く、結晶化度もナイロンやポリエステルに比べて著しく高いので射出成形に適したエンプラです。強度が高く強靭で、しかも耐摩耗性、摺動特性、耐薬品性に優れるので歯車、軸受けなどの機械部品に加えて椅子のキャスター、衣服のファスナーなど身の回りでもよく見かけます。これらの分野ではナイロンと競合していますが、寸法安定性ではPOMの方が優れています。注意すべき点は、(1)酸に弱いこと、(2)難燃性を強く要求される用途には向かないことです。
ポリカーボネートPCは、1980年代から急激に成長し、現在では汎用エンプラのなかでは最大の生産量となりました。成長の原因は、(1)PCが衝撃に対して非常に強いこと、(2)透明性が高いこと、(3)耐候性が高いことです。金づちで叩いても割れないと言われるほどに耐衝撃性が高く、米国などでは防犯用に窓ガラスに使われています。日本では住宅のカーポートの紫色などに着色した透明屋根や警察機動隊の透明な盾としてよく見かけます。また透明性、割れにくさ、寸法安定性、低吸湿性を生かしてCDやDVDの基板に使われ、非常に身近なエンプラになっています。透明なプラスチックとしては古くからメタクリル樹脂とポリスチレンがありましたが、PCはこれらのプラスチックを凌ぐ性能を持っています。最近はメタクリル樹脂に代わって自動車ランプのヘッドカバーにもよく使われています。また、PCとABS樹脂のアロイはOA機器、電気電子部品、一般機器部品に広く使われています。注意すべき点は一定荷重に長時間放置するとクラックが発生しやすいことです。また、有機溶剤やガソリン・潤滑油によってもクラックが入りやすいので、そのようなものに触れる用途は避ける必要があります。
ポリブチレンフタレートPBTは、PETと同じポリエステルですが、結晶化速度がPETより大きく射出成形に向いています。PETと同様にガラス繊維強化による効果が大きく強化PBTが主流です。変性EPRとのアロイは耐衝撃性が大きく向上し、またPCとのアロイはPCの長所の耐衝撃性の高さを生かしながら、短所である耐薬品性の低さを改善します。PBTは電気電子部品(コネクタ、ソケット、スイッチなど)に使われ、また有機溶剤やガソリンなどに強いので自動車部品にも使われています。
変性ポリフェニレンエーテルPPEはバランスの取れた性能を持つ汎用エンプラです。変性という意味は、ポリフェニレンエーテルに耐衝撃性ポリスチレンHIPSをアロイ化しているということです。ポリフェニレンエーテルだけでは成形加工性が悪く、アロイ化によって優秀なエンプラに生まれ変わりました。汎用エンプラの中では成形収縮率が小さく、寸法安定性に優れています。電気特性、耐衝撃性の良さを生かして日用品雑貨から電気電子部品、精密機械部品に広く使われています。注意すべきは、PCと同じく耐溶剤性、耐薬品性が悪いことです。
『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
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1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
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1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
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1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
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1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
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1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
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1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
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1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
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2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
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2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
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2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
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2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
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2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
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3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
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3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
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3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
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3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
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3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
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3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
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3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
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3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
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3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
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3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
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4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
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4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
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4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
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4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
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4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
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4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
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4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
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4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
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4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
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5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
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5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
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5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
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5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
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5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
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5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
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5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
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5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
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5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
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5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
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5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
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5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。