化学製品・高分子製品の基礎講座
5-6 ナイロン繊維・樹脂
ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。その一方で、5-7で述べるエンジニアリングプラスチックとしても、ポリカーボネートに次ぐ第2位の地位にナイロンはありながら、プラスチックとしての用途にPETボトルのような身近なものがないためか、ポリエステル(PET)に比べて一般社会にはほとんど知られていません。5-5で述べたようにPETが工業化当初から合成繊維とプラスチック用途のひとつであるフィルムの両方に使われたのに対して、ナイロンは合成繊維としての成功があまりに華々しすぎて、プラスチックとしての利用は遅れました。エンジニアリングプラスチック第1号の栄冠も、同じデュポン社が1956年に工業化したポリアセタールに取られてしまっています。
高分子の名前には、ポリエチレン、ポリ塩化ビニルのような原料モノマーに由来するものと、ポリエステル、ポリウレタンのように高分子の分子構造に由来するものがあります。しかし、ナイロンはこの両方に該当しません。ナイロンは本来、デュポン社の商品名(商標)なのです。それがあまりに普及したので、一般に使われるようになりました。ナイロンは、分子構造に由来する名前としてポリアミド、略称PAと呼ばれることもあり、こちらが本来の正式名です。
ポリエステルがグリコール(分子内にアルコール基を2つ持つ物質)とジカルボン酸(分子内にカルボン酸基を2つ持つ物質)の反応からつくられ、エステル結合を持つように、ナイロンもジアミン(分子内にアミノ基を2つ持つ物質)とジカルボン酸の反応からつくられアミド結合を持ちます。

このため5-5で述べたポリエステルと同様にナイロンにも多くの種類があります。しかし、合成繊維ではナイロン66とナイロン6がほぼ100%を占め、プラスチックとしても、この2つで9割を占めます。そのほかに生産量の多いナイロンとしてはナイロン11、ナイロン12、ナイロン46、ナイロン610などがあります。ナイロンxyという名称は炭素数xのジアミン、炭素数yのジカルボン酸からつくられていることを示します。一方ナイロンzという数字ひとつの名前の場合には、分子内にアミノ基とカルボン酸基を持つ炭素数zの原料モノマー、またはアミノ基とカルボン酸基が分子内で反応してアミド結合を持つ環状ラクタムという原料モノマーからつくられていることを示します。

ナイロン6とナイロン66は、合成繊維としての性能はそれほど大きく違いませんが、面白いことにアメリカではナイロン66が好まれるのに対して、欧州や日本ではナイロン6が好まれ、つくられてきました。プラスチックとしては融点(ナイロン6が220℃、ナイロン66が260℃)をはじめとしていくつかの物性が微妙に異なるので、日本でもアメリカでもナイロン6と66の両方が使われています。
ナイロンは優秀なプラスチックですが、ナイロンだけでは他のエンジニアリングプラスチックに比べてそれほど際立った特長があるわけではありません。むしろプラスチックの中では飛び抜けて吸水性が高いために寸法安定性が悪いなどの欠点が目立ちます。ところがナイロンは、ガラス繊維や無機充填材による強化とか、異種の高分子の配合による改質(ポリマーアロイ化)によって性能が著しく向上するという大きな特長を持っています。改質としては変性エチレンプロピレンゴム(変性EPR)とのポリマーアロイによる高衝撃ナイロン、ポリフェニレンエーテル(PPE)とのポリマーアロイによる耐熱性ナイロンが有名です。また、ガラス繊維強化ナイロンは強度、耐熱性の著しい向上はもちろん、吸水率や寸法安定性も著しく改善しています。
ナイロン11やナイロン12は、ナイロン6、ナイロン66に比べて吸水性が低いことが特長です。しかし、ナイロン6、ナイロン66の原料が安価なベンゼンなのに対して、ナイロン11、ナイロン12の原料はひまし油やブタジエン誘導体なので価格が高くなります。
ナイロンのプラスチックとしての第1の用途は自動車部品です。それに次ぐ用途は電気・電子部品や機械部品なので、一般社会人には身近な存在でありません。ナイロンは耐油、耐アルコール性能が高く、しかもガラス繊維強化によって耐熱性も良好になるので自動車部品の中でもラジエータ(冷却水系)タンクやエンジン周辺に、また高密度ポリエチレンとの多層ブロー成形品としてガソリンタンクに、さらにオイル系部品、吸気系部品などに使われています。これらの自動車部品は自動車の専門家でなければ分からないので、プラスチックとしてのナイロンが有名になれない要因なのでしょう。
身近な用途としてはナイロンフィルムによる包装用途があります。無延伸のナイロン6フィルムは、プラスチックフィルムの中では抜きんでて透湿度が高い半面、窒素や酸素の透過率が逆に抜きんでて低いという面白い特長があります。二軸延伸のナイロンフィルムは窒素、酸素の透過性がさらに低下します。この特長を生かしてナイロンはポリエチレンとのラミネートフィルムなどとして食品包装によく使われています。
世界の合成繊維の生産が中国に集中し、日本、アメリカ、欧州の合成繊維の生産が大きく減少しました。2016年のナイロン繊維の生産量は89千トンとピーク(1973年)の3分の1以下になりました。一方、プラスチックとしてのナイロンの生産量は217千トンであり、現在ではナイロンは合成繊維からプラスチックに生まれ変わっています。
『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
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1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
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1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
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1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
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1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
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1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
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1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
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1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
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2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
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2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
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2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
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2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
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2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
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3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
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3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
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3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
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3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
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3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
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3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
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3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
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3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
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3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
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3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
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4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
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4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
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4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
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4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
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4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
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4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
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4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
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4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
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4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
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5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
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5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
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5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
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5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
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5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
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5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
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5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
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5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
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5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
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5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
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5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
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5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。