化学製品・高分子製品の基礎講座
5-5 PET繊維・樹脂
PETの正式名はポリエチレンテレフタレートです。長い名前なので英語の頭文字を取って略号で呼ばれています。PETはエチレングリコールとテレフタル酸を重合させてつくられます。繊維に使われる際にはポリエステル繊維と呼ばれていますが、プラスチックとして使われる場合にはポリエステル樹脂とは呼びません。ポリエステル結合でつくられるプラスチックにはPET樹脂以外にも、ポリブチレンテレフタレートPBT、ポリエチレンナフタレートPEN、ポリ乳酸などの生分解性脂肪族ポリエステル、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、ジアリルフタレート樹脂、ポリアリレート(全芳香族系ポリエステル)、液晶性芳香族ポリエステルなど多数のプラスチックが工業化されているためです。繊維に関してもテレフタル酸とトリメチレングリコールを重合させたポリトリメチレンテレフタレートPTTというポリエステル繊維が20世紀末頃に工業化され、植物由来の合成繊維として華やかに売り出されました。しかし、PTTはその後大きく成長することはなく、ポリエステル繊維と言えばPETによる合成繊維と言ってもほとんど間違いありません。
PETは融点265℃、ガラス転移点75℃の結晶性高分子です。ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニルの四大汎用プラスチックに比べてはるかに高い融点を持ち、寸法安定性に優れた硬いプラスチックです。結晶性高分子でありながらも急冷によって非晶性のアモルファスPET(A-PET)もつくられています。また優れた結晶核剤が開発されており、PETボトルに見られるように透明性に優れた加工製品もつくられています。電気特性、耐薬品性、ガスバリア性にも優れています。このような優れた性能からPETは汎用プラスチックに次ぐ生産規模にまで成長しました。私たちの身の回りを見ても、毎日手にするPETボトルをはじめとして、たまごパックや薄い透明なプラスチック食品容器(いちごやサラダなどの販売容器)などに広くPETは使われるようになっています。このようなプラスチック容器は、以前はポリスチレンやポリ塩化ビニルでつくられていましたが、いつの間にかPETに代替されています。ただし、ビニル重合でつくることができる汎用プラスチックに対してPETは手間のかかる縮合重合でつくらなければならず、しかもモノマーの製造コストも高いために、生産規模は汎用プラスチックの半分以下にすぎません。

PETには図のように大きく4つの使われ方があります。

一つはポリエステル繊維に代表される繊維用途です。PETは第2次世界大戦後の1950年代初めに工業化された比較的新しい高分子ですが、最初の大きな用途が繊維でした。結晶性高分子の強みを存分に生かした用途です。合成繊維としてはナイロンが1940年代初めに工業化されていました。ナイロン繊維が絹糸の代替需要、PETと同じころに工業化されたポリアクリロニトリルによるアクリル繊維が羊毛の代替需要を中心に成長したのに対して、ポリエステル繊維は市場規模が大きい綿糸の代替需要を中心に成長したので、世界中で特に大きく成長しました。しかもポリエステル繊維は短繊維として綿花や羊毛との混紡に適し、また加工糸技術(長繊維にクリンプを持たせてかさ高性や伸縮性を与える)の開発によって長繊維としても市場が伸びたことにより、1970年代には早くも合成繊維の王座の地位につきました。さらに1990年代以後はナイロン繊維、アクリル繊維の市場を奪い取って現在では世界の合成繊維市場では圧倒的な地位を確立しています。
PETの2つ目の大きな使われ方はフィルムやシートです。PETが工業化された当初からフィルム用途は開発されました。X線撮影用のフィルム、磁気テープやフロッピーディスク用ベースフィルムです。現在ではこれら製品の市場が競合技術や競合品の出現によって縮小してしまいました。しかし、透明性に優れたPETの二軸延伸フィルムやA-PETシートなどによって食品包装、電気絶縁、金属蒸着、太陽電池バックシートなどの幅広い用途を得ています。
3つ目の使われ方はエンジニアリングプラスチックとしての用途です。この使われ方ではガラス繊維がしばしば混合され、電気部品、自動車などの機械部品になります。
そして1980年代以後大きく伸びたのが4つ目の用途であるボトルです。ボトルの製造法としてポリエチレンやポリプロピレンに普通使われる吹込成形ではPETは肉厚の偏りなどの不具合が多くなかなか工業化できませんでした。しかし延伸吹込成形技術が開発されたことによってPETボトルは工業化されました。PETボトルはガラスボトルに比べて軽量です。また汎用プラスチックに比べてPETはガス透過性が低く、しかも強度が高いために、それまでなかなか日本では普及しなかったプラスチックボトルを一挙に普及させるようになりました。ヨーロッパでは以前からガラスビンやポリ塩化ビニル製ボトルによってミネラルウォーターを買う文化が普及していました。日本では水は無料のイメージが強かったのですが、PETボトルの普及と並行してミネラルウォーターを買う文化も普及しました。ある化学製品の出現が一つの文化、国民の習慣を変えた例です。
一方、1970年代からプラスチック廃棄物が社会的に問題視されるようになっており、PETボトルの導入はプラスチック廃棄物問題を深刻化するとの懸念がありました。このため1997年に容器包装リサイクル法が制定されました。しかし、この法律が制定されるよりも前の1993年に、PETの製造業界、PETボトルの成形業界ばかりでなく、PETボトルを利用する清涼飲料水、酒類、醤油などの業界も参加したPETボトルリサイクル推進協議会が設立されてPETボトルの導入・普及と同時に回収、リサイクルにも取り組みました。現在ではPETボトルの回収率は90%に及び、一般のプラスチック(84%)よりも高い回収率になっています。しかも、回収PETをもう一度PETとして利用する再生PETの比率が高いのが一般のプラスチック(サーマルリサイクル主体)との大きな違いです。用途に応じて様々な分子量の高分子が使われている縮合重合によるプラスチックの強みです。ビニル重合による高分子では、このような芸当はなかなかできません。半面、再生PETの普及によってボトル用PET樹脂の生産量は2005年の34万トンから2016年には8.4万トンに大きく減少しました。フィルム、シート用とエンジニアリングプラスチック用の生産量合計が2005年34.5万トンから2016年は33.5万トンと横ばいになっていることに比べて、急成長してきたボトル用の生産量の急激な落ち込みが目立ちます。再生PETの普及ばかりでなく、PET樹脂やボトル成形技術の向上によってボトルの薄肉化が進んできたことも反映しています。資源循環型社会実現のための重要な柱のひとつであるリデュース(資源節約)の成果とも言えます。
『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
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1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
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1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
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1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
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1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
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1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
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1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
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1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
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2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
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2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
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2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
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2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
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2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
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3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
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3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
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3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
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3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
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3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
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3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
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3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
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3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
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3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
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3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
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4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
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4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
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4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
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4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
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4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
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4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
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4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
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4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
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4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
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5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
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5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
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5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
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5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
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5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
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5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
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5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
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5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
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5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
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5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
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5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
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5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。