化学製品・高分子製品の基礎講座
5-2 ポリプロピレン
ポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。ポリエチレンが1930年代に超高圧条件下で合成された(5-1のLDPE)のに対して、材料として実用に耐えるプロピレン重合体は長らく合成できませんでした。1953年にチーグラー触媒によってもう一つのポリエチレンHDPEが合成されてもポリプロピレンの合成は成功しません。しかし、翌年イタリアでチーグラー触媒を改良したチーグラー・ナッタ触媒が開発されて初めてポリプロピレンが合成できました。ポリプロピレンは汎用ポリマーの中では最も新しい高分子です。
一般に一種類の原料から成る高分子をホモポリマー、複数の種類の原料からつくられる高分子をコポリマーと呼びます。ポリプロピレンにもホモポリマーとコポリマーがあります。コポリマーは、加える原料の種類と量だけでなく、高分子内の成分配列の仕方を変えることによっても、様々な性質・性能の高分子をつくることができます。ポリプロピレンのコポリマーは、主にエチレンとプロピレンからつくられ、ランダムコポリマーとブロックコポリマー(インパクトポリマー)が広く使われています。図のようにランダムコポリマーは、エチレン部分とプロピレン部分が不規則に並ぶコポリマーです。通常はエチレンを少量(5%以下)加えます。これに対して、ブロックコポリマー(インパクトポリマー)はプロピレンのホモポリマーに相当する部分とエチレン・プロピレンのランダムコポリマーに相当する部分、場合によってはポリエチレンに相当する部分が連結した構造をしています。ランダムコポリマー部分が15%から20%含まれます。ブロックコポリマーは、ホモポリマーの海の中に、ランダムコポリマーやポリエチレンから成る島が散在するようなミクロの構造をしています。これによって、ホモポリマーの強さ(剛性)とランダムコポリマーの柔らかさに基づく耐衝撃性の強さの両方の性質が発揮されます。ランダムコポリマーを20%以上含むブロックコポリマーは熱可塑性ゴムとなるので5-14その他の高分子材料で、またエチレン、プロピレンに第3成分としてジシクロペンタジエンなどを加えたコポリマーはエチレンプロピレンゴムEPDMになるので5-13特殊合成ゴムで述べます。

ポリプロピレンの一般的な性質はポリエチレンに似ています。しかしポリエチレンより優れた性質を多く持っています。第一に比重が軽いことが挙げられます。低密度ポリエチレンLDPEよりも軽く、密度は0.88?0.91g/cm3で、最も軽い高分子です。耐熱温度は高密度ポリエチレンHDPEより高く、使用可能温度は100℃以上で、熱湯に耐えます。このため、日本でも工業化された当初からお風呂用の洗面器、手桶、食器、食品容器など使われました。引張強さ、剛性、曲げ疲労性(折り曲げ)などの機械的性質でもHDPEより優れています。曲げ疲労性に優れるので、本体とフタを一体でつくることができます。電気絶縁性、耐薬品性はポリエチレンと同等で非常に良好です。
透明性がポリエチレンより優れているため、フィルムや中身の見える収納ケース・衣装ケースにも適しています。ポリプロピレンは結晶性高分子なので、本来は透明性が悪いはずですが、エチレンを少量加えたランダムコポリマーは結晶性が低下して透明性が高まります。また4-9で説明した結晶核剤(造核剤)がポリプロピレン用に多数開発されており、ランダムコポリマー以外でも透明性の高いポリプロピレンが多くつくられています。表面光沢もポリエチレンより優れており、輝きのあるフィルムがつくられます。また、ポリプロピレンは成形加工性も優れています。無機粉末やガラス繊維などを加えると強度が著しく高くなるので、このような複合製品もよく使われています。
唯一の欠点は低温脆性です。ポリエチレンのガラス転移点(4-8参照)が-60℃から-20℃に対して、ポリプロピレンは-10℃と高く、低温下ではポリエチレンよりも脆くなります。しかし、ブロックコポリマーは、この欠点を相当に克服しています。
プロピレンはエチレンと並んで高分子原料の中では最も安価です。しかも同じポリプロピレンと言ってもホモ、ランダム、ブロックの三種類は次の表のように大きく性能が異なるので、多彩な用途に使われ、ポリプロピレンは日本でも、世界でもポリエチレンに次いで生産量・消費量が大きい高分子材料です。とくに1970年代以後、ブロックコポリマーが広く使われるようになり、世界中でポリプロピレンの生産量が大きく伸びています。
種類 | 特徴(ポリエチレンとの比較) | 用途 |
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ホモポリマー | 高剛性、高耐熱性 | フィルム、繊維、結束バンド |
ランダムコポリマー | 柔軟性 | フィルム、ボトル |
ブロックコポリマー | 剛性、耐衝撃性 | 自動車部品、ビールコンテナ、家電部品、日用品 |
ポリプロピレンの主要な用途は、フィルムや繊維、結束バンドのような押出成形品、シャンプーボトルのような中空成形品、日用品や機械部品のような射出成形品(4-2参照)と幅広く、万能のプラスチックと言えましょう。フィルムにはCPP(無延伸フィルム)とOPP(二軸延伸フィルム)の両方が使われています。CPPは透明で強く、食品包装用によく使われます。OPPはセロハンのような透明性、光沢性、ガスバリア性があり、食品包装に使われるほか、シュリンクフィルムとしてPETボトルの外装などに広く使われています。一軸延伸フィルムからつくられるフラットヤーン(レジャーシート、ブルーシートの原糸)やスプリットヤーン(荷造りひも)もよく見かけます。繊維は染色性の悪さから衣料用途よりも産業用途(漁網、ロープ、ろ布)によく使われてきましたが、不織布用途が使い捨てオムツなどで大きく伸びています。
ポリプロピレンは中空成形品分野ではHDPEやPETに大きく後れを取っていますが、射出成形品分野では圧倒的な強さを発揮しています。大型の自動車部品としてバンパー、インパネがある他、中小型の多数の自動車部品にもポリプロピレンは使われています。その他、家電部品、工業用品、食品容器、バケツ、注射器、ビールコンテナなど、ポリプロピレン射出成型品は身の回りで多数見かけることができます。
『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
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1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
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1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
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1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
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1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
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1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
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1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
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1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
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2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
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2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
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2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
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2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
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2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
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3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
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3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
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3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
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3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
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3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
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3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
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3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
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3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
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3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
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3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
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4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
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4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
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4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
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4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
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4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
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4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
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4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
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4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
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4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
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5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
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5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
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5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
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5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
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5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
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5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
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5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
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5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
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5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
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5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
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5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
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5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。