化学製品・高分子製品の基礎講座
5-1 ポリエチレン
ポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。4-1で述べたように高分子は繰り返し単位から成っています。ポリエチレンの繰り返し単位は -CH2-で、メチレン基と呼ばれる簡単な構造です。構造から名前をつけるとポリメチレンです。しかし原料となるモノマーがエチレンCH2=CH2なので原料からの名称であるポリエチレンが一般に使われています。
ポリエチレンは、製法、成分、高分子鎖の形、性質によって図のように大きく4つに分けられます。高圧法低密度ポリエチレンLDPE、エチレン・酢酸ビニル樹脂EVA、中低圧法高密度ポリエチレンHDPE、直鎖状低密度ポリエチレンL-LDPEです。高分子名は長いので略号がよく使われます。以後略号を使って説明します。

LDPEは1930年代にイギリスで発明されたポリエチレンです。高周波絶縁性に優れた高分子なので、第二次世界大戦中には絶縁材料としてレーダーの実用化に貢献しました。1000~4000気圧、温度200~280℃の条件で、酸素や過酸化物を重合開始剤にして、原料のエチレンを無触媒で重合して製造します。超高圧設備なので多額の設備費が必要な上に、エチレンを高圧に圧縮するために運転費も高くなります。しかし、他の高分子に比べて原料費が安いので安価な高分子材料になります。分子の形は図に示すように大きな枝分かれがあるので、ポリエチレンの中では結晶性が低く、柔らかで比較的透明性の高い性質を持ちます。密度が0.92g/cm3前後と、5-2で述べるポリプロピレンに次ぐ軽量です。一般包装袋、ゴミ袋、肥料袋、コメ袋、農業用マルチフィルム(地面に敷く黒いフィルム、保湿、保温、雑草防止)などに大量に使われます。またマヨネーズ容器のような柔らかなボトル、食品容器などをピッタリ閉められる柔らかい半透明のフタ、水撒き用ホースなどにも使われています。電気絶縁性の良さを生かして高圧電線ケーブルの絶縁材料にも使われます。
EVAは、エチレンと酢酸ビニルを原料モノマーとして、LDPE設備で製造されます。酢酸ビニルが加わることにより、LDPEよりさらに結晶性が低下し、透明性、柔軟性が高まった材料になります。また接着性に優れているので、多層フィルム、ホットメルト接着剤に使われます。架橋発泡させたEVAは、サンダルなどの履物類、包装用緩衝材などに使われます。
低圧法HDPEは1950年代にドイツで発明されたポリエチレンです。原料はLDPEと同じくエチレンですが、製造条件は1気圧~数気圧、温度70℃前後と、LDPEに比べてはるかに温和です。これは、チーグラー触媒やメタロセン触媒のような触媒を使うためです。一方、中圧法HDPEは1950年代にアメリカで発明されたポリエチレンです。酸化クロムや酸化モリブデンを触媒とし、数十気圧、150~250℃の条件でエチレンを重合させてつくられます。低圧法も中圧法も、得られるポリエチレンは類似の性質を持ったHDPEで、分子の形が枝分かれのない直線状なので結晶化しやすく、LDPEに比べて硬く、強くなりますが、透明性は劣ります。密度が0.96g/cm3前後とLDPEより少し高くなるので、高密度ポリエチレンと呼んでいます。しかし、高密度とは言っても高分子材料の中では最も軽量の部類に属します。
このように同じポリエチレンでもLDPEとHDPEは性質が異なるので、用途が棲み分けられています。HDPEはボトル(シャンプー容器、液体洗剤容器など)、石油缶、自動車用ガソリンタンクなど、比較的硬い中空製品によく使われるほか、玩具、日用雑貨、台所用品、容器、コンテナなどにも広く使われます。さらにフィルムとしては、スーパーのレジ袋のような強度の高い極薄フィルムに使われ、また結晶性の高さを生かして繊維、フラットヤーン(これの織物がレジャーシートやブルーシート)にも使われています。
L-LDPEは、設備費、運転費が安いHDPE設備でつくられるLDPEに似た性質を持つポリエチレンです。図に示すようにエチレンから成る主鎖に小さな枝がたくさん付いた分子の形をしています。エチレンの分子構造はCH2=CH2ですが、これにブテン-1 CH2=CH-CH2CH3を一緒に重合(共重合と言います)させると、主鎖に-CH2CH3の小枝が生えます。小枝によって結晶性が低下し、LDPEに似た性質を示すようになります。小枝をつくるモノマーには次の図に示すように数種類あります。この小枝をつくるモノマーの価格は、エチレンに比べて高く、しかもLDPEに似た性質を発現させるには、それなりの量を入れなければならないので、その分だけコスト高になります。しかし、高圧法LDPEに比べて設備費、運転費の大きなメリットがあることから、最近の世界の新設プラントではL-LDPEがもっぱら建設され、高圧法LDPEを新設することは非常に少なくなりました。

ポリエチレンには、今までに紹介した4種類の他にも、次の図に示すような様々な特殊なものがあります。ポリエチレンは簡単な分子構造をしていますが、意外に奥が深い高分子材料なのです。

『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
-
1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
-
1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
-
1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
-
1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
-
1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
-
1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
-
1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
-
2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
-
2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
-
2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
-
2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
-
2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
-
3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
-
3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
-
3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
-
3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
-
3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
-
3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
-
3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
-
3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
-
3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
-
3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
-
4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
-
4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
-
4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
-
4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
-
4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
-
4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
-
4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
-
4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
-
4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
-
5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
-
5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
-
5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
-
5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
-
5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
-
5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
-
5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
-
5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
-
5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
-
5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
-
5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
-
5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
-
5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
-
5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。