化学製品・高分子製品の基礎講座
3-8 試薬の特徴と分類
試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。化学物質審査規制法では「化学的方法による物質の検出もしくは定量、物質の合成又は物理的特性のために使用される化学物質」と定義されています。 試薬メーカーの団体である日本試薬協会では、「検査、試験、研究、実験など試験・研究的な場合において、測定基準、物質の検出・確認、定量、分離・精製、合成実験、物性測定などに用いられるものであって、それぞれの使用目的に応じた品質が保証され、少量使用に適した供給形態の化学薬品」と定義して、工業薬品との区別を明確にしています。
日本試薬協会の定義に示されるように、試薬の主要な用途は多岐にわたります。科学研究・実験に、また工業薬品、工業材料の開発や医薬品開発に使われるほか、工業製品の品質管理や環境分析、食品分析に使われます。特殊な用途としては科学捜査があります。 また、半導体のような製造業では、高純度薬品を製造工程(洗浄工程を含む)で使いますが、このような用途に試薬メーカーが積極的進出しているので拡張された試薬用途とも考えられます。
試薬の特徴は4つあります。第1に少量であることです。試薬は500ml(g)や25ml(g)の小包装が多く、中には数mgで販売されるものもあります。2番目の特徴は多種類であることです。試薬の種類は世界中では100万品目以上になると言われます。これは同じ薬品名の物質でも、機器分析用、一般分析用、 合成用など様々な規格の異なる製品があるためです。第3の特徴は高品質であることです。これは単に純度が高いということではなく、純度・濃度、特性値(比旋光度など)、性能(機器分析などの目的に適った不純物濃度)など多くの保証項目が存在し、高度な品質管理が行われていることです。 第4の特徴として、試薬の種類により必要な保証項目と、その規格値を記載した品質表示(品質表)が試薬にはなされています。そのほか次に示す主要な項目が容器ラベルや説明書に示されています。
- 製造番号
- 名称(英名、和名)
- 容量
- 等級、用途名
- 品質情報
- ロット番号
- 該当法規(消防法の危険物、毒劇法の毒物、劇物、労働安全衛生法など)
- GHSシンボルマーク
- 危険性、有害性情報
- 保管法
- 取扱い上の注意
- 製造業者名
表示項目のうち、GHSシンボルマークとは国連勧告として採択された国際的に統一されたマークのことです。具体的なマークと名称、その内容を次に示します。
GHS=化学品の分類および表示に関する世界調和システム
- 炎
- (可燃物、引火物、発火物)
- 円上の炎
- (支燃性・酸化性物質)
- 爆弾の爆発
- (火薬、有機過酸化物など)
- 腐食性
- 金属腐食性、皮膚や眼の腐食性・刺激性
- ガスボンベ
- (高圧ガス)
- どくろ
- (急性毒性物)
- 感嘆符
- (毒性、刺激性などの警告物質)
- 環境
- (水性の環境有害物質)
- 健康有害性
- (呼吸器感作性、生殖毒性、発がん性、変異原性など)
厚生労働省 「職場の安全サイト」ホームページより作成
試薬の種類は非常にたくさんあると述べましたが、次のように分類できます。
- (1)一般試薬
- (2)特定用途試薬(用途別試薬)
- (高純度要求) 機器分析用、有害物質・環境汚染物質分析用
- (業務の効率化)有機合成用、材料研究用、生化学用、微生物試験用
- (3)標準品、標準物質
- 容量分析用標準物質、金属標準液、pH標準液、イオン標準液、有機標準液、農薬混合標準液
- (4)臨床検査薬(体外診断用医薬品)
- ヒト由来の試料(血液、尿、胃液など)の検査用
一般用試薬は、学校などの実験で使ったことがある、おなじみの試薬です。用途を限定せず、各種用途に使われます。JIS規格で定められたもののほか、試薬メーカー各社が独自に定めた規格によって、特級、1級などの種類があります。
特定用途試薬は用途に適した品質に調製した試薬です。機器分析用試薬は、それぞれの機器分析に適合した高純度の試薬です。たとえば高速液体クロマトグラフ用には、溶媒(アセトニトリル、メタノールなど)、充填剤、UVラベル化剤、蛍光ラベル化剤、イオンペアー用剤など様々な種類の試薬が必要に応じて使われ、 また紫外吸光分析用に使用される溶媒は、紫外部に吸収を有する不純物を極力含まないように調製されています。有害物質・環境汚染物質分析用には、きわめて微量の物質の分析が要求されるため、特に高純度の試薬が用意されています。 一方、有機合成用、材料研究用試薬としては、反応の出発物質から多くの工程を経て目的物質をつくる業務を効率化するために、様々な中間体、反応剤、触媒などが市販されています。
生化学用、微生物試験用試薬には、生化学試験や微生物試験の内容が多岐にわたるために非常に多くの種類があります。たとえば微生物の培養用試薬、電気泳動用試薬、遺伝子工学用試薬(遺伝子組換え用、DNA合成用、DNA構造解析用)、タンパク質やペプチドの分析・合成用試薬などです。
標準品、標準物質は、化学分析での検量線作成や機器の校正、物質の同定に使われます。容量分析用標準物質、金属標準液、pH標準液、イオン標準液、有機標準液、農薬混合標準液などが市販されています。たとえば、農薬混合標準液は食品中の残留農薬をGC/MS法で検査する際に30~60種類の農薬を一挙に分析するために調製された試薬です。
最後の臨床検査薬は、ヒト由来の試料(血液、尿、胃液など)の検査に用いられる試薬です。生化学用試薬の一種ですが、厚生労働省の通達によって体外診断用医薬品として、医薬品医療機器等法(旧薬事法)(2-3 化学物質の効能と安全の両方を求める規制 参照)の規制を受けるために、別に分類されています。
『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
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1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
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1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
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1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
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1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
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1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
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1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
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1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
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2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
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2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
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2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
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2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
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2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
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3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
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3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
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3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
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3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
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3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
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3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
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3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
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3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
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3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
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3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
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4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
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4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
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4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
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4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
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4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
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4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
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4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
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4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
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4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
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5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
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5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
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5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
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5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
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5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
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5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
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5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
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5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
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5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
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5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
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5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
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5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。