溶接の基礎講座
本連載では「溶接」について、金属が接合するメカニズムから溶接の種類、また溶接の仕方まで、現場で使える知識をご紹介していきます。
2-20 直流被覆アーク溶接について
最近の小型・軽量化が進められた被覆アーク溶接機では、従来機に比べ低電流条件での使用が難しく、適用できる作業範囲がせばまる、などの問題点が指摘されています。こうした指摘に対し、直流の被覆アーク溶接による対応が考えられます。 ただ、従来の直流被覆アーク溶接法は、エンジン駆動形溶接機(エンジンウェルダ)を用いての現場配管溶接などが主であり、これを一般溶接作作業に利用する動きは少ないように見えます(一方で、高品質化の必要からティグ溶接機の保有が増えており、ティグ溶接機の持つ直流被覆アーク溶接機能を利用する溶接も十分に考えられます)。
表20-1は、3.2mm径の低水素系裏波溶接棒で下向きビード溶接を行い、溶接可能最低電流を調べることで直流、交流の被覆アーク溶接のアーク特性を比較した結果です。表のように、各種タイプの交流溶接機を使用した場合に比べ直流の場合の使用可能な最低溶接電流は低く、 交流に比べ直流を使用することで格段に作業範囲の広がることがわかります。なお、直流被覆アーク溶接において、棒+か棒-かのいずれで使用するか迷うところですが、表の下に示すように棒+の溶接では、 溶接中にフラックスとスラグの接触によるビードの蛇行を発生しやすく、棒-の溶接が推奨されます(いずれの接続法でも、直流被覆アーク溶接での電流変化が極めて少ないことから、溶接棒の偏心や溶け込みの偏りを生じやすい傾向にあり、アークを小さくウィービングさせる操作などが有効になります)。
表20-1 溶接可能電流に着目した直流被覆アーク溶接の有用性
溶接方法 | DC(棒-) | DC(棒+) | サイリスタ制御AC | 一般AC | 軽量形AC |
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溶接可能な最低電流条件 | 40A | 55A(※) | 60A | 75A | 85A |
(※)DC棒プラスの55Aではフラックスとスラグの接触が生じ、アークを長くして溶接する必要
(1)アークの点弧性
アークの安定性が交流に比べ格段に高い直流の被覆アーク溶接では、アークの点弧性も極めて良く、交流では数回のアーク発生操作が必要であるのに対し1回の操作でほとんどアーク発生ミスのない作業が可能になります。 このことは、被覆アーク溶接で大きな問題となる、アーク点弧ミスによる図20-1に示すアークストライク欠陥の発生防止にも有効となります。

図20-1 軟鋼アークストライク部に発生した割れ
図20-2は、100Aの下向きビード溶接過程でアーク長さを少しずつ長くし、アーク切れを発生する直前のアーク長さを示したものです。 交流溶接機でのアーク切れ発生直前のアーク長さが約19mm(41V程度)であるのに対し、直流では約2倍の41mm程度(62V程度)まで長くなっており、直流被覆アーク溶接のアークの安定性の高いことが明確にわかります(直流溶接でのアーク切れ発生アーク長さに関しては、棒+あるいは棒-でほぼ同程度です)。
- (a)DC(棒+)の場合
- (b)軽量形ACの場合
図20-2 直流と交流でのアーク切れアーク長さの違い
同じ電流条件での直流被覆アークによる溶け込みは、交流のものに比べやや大きく、従来の交流の場合に比べ10~20A低い電流条件で溶接する必要があります。 例えば、板厚3.2mm軟鋼板の棒径3.2mm低水素系裏波溶接棒を用いる片面裏波溶接では、交流での溶接可能条件が85A程度であったのに対し直流では70A程度で可能となります。 このことは、立向き開先内肉盛り上進溶接などでは、同じ電流条件で溶接すると直流では母材をえぐるような溶け込みとなる可能性があり、少しの慣れが必要となります。
『溶接の基礎講座』の目次
第1章 溶接の基礎
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1-1接合方法の種類についてものづくりにおける組み立て手段としての接合方法には、締結部品であるボルトやリベットなどを利用して接合される機械的接合法、溶接やろう付けなどの金属材料の持つ特性を利用して接合する冶金的接合法、そして各種接着剤を利用する接着剤接合法があります。
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1-2金属材料の成り立ちと特性溶接は、2つの金属を加熱して溶かし、その後冷却して固めることで2つの材料を接合、一つの部材にします。
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1-3溶接の接合メカニズム金属を加熱すると、材料は熱膨張で長くなります。
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1-4ひずみが発生する原因とひずみ取り溶接組み立て品の寸法精度不良は、溶接によって発生する変形(溶接ひずみ)や溶接時のセッティング不良などが原因となります。
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1-5ひずみ対策と製品の高精度化溶接によるひずみの発生は、材料や製品形状、部材としての加工状態などによって個々に違います。
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1-6溶接作業における安全対策ガスやアークなど高温の熱源を使用し、金属が溶ける温度状態で切断や溶接の作業を行う場合の共通的な安全上の問題として、①高温の熱源から放出される赤外線や紫外線による目や皮膚の障害
第2章 溶接方法と溶接材料
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2-1ガス溶接とガス切断ボンベに充てんされたプロパンやアセチレンなどの可燃性ガスと酸素を混合して燃焼させ、得られる高温のガス炎は、金属を溶かして接合、溶断(金属を溶かして切断することから溶断と呼びます)するのに利用されます。
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2-2溶接用熱源としてのアークについて一般に最も広く利用されている溶接の熱源が、「アーク」です。アークは、その形状や電流、電圧条件を変化させることで、目的の溶接に見合った熱源に容易に制御できます。こうしたことから、アークは、幅広い材料や製品の溶接に利用されるのです。
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2-3TIG溶接と溶接装置の設定作業ティグ(TIG)溶接は、融点の高いタングステン電極と母材との間にアークを発生させ、このアークで溶かした金属をアルゴンなどの不活性ガスで保護しながら溶接します。
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2-4TIG溶接トーチ、タングステン電極の設定TIG溶接における溶接トーチ、タングステン電極は、その取り扱いにより作業性や溶接品質が強く影響されます。したがって、その取り扱いや設定には、十分な注意と確認が必要です。
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2-5TIGパルス溶接についてTIG溶接は、溶接部の冶金的な特性や溶け込み特性の両面で高品質の溶接結果が得られやすく、近年、各種材料の溶接に広く利用されています。
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2-6TIG溶接における溶接棒の添加作業TIG溶接による開先内肉盛り溶接などでは、作業者は、熱源と切り離された溶接棒をプールに挿入して棒の先端部を溶融させ溶着金属を形成させます。
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2-7半自動アーク溶接とその溶接半自動アーク溶接は、0.4~1.6mmといった細い径のワイヤをモーターで自動的に送り出す溶接法の総称です。
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2-8半自動溶接でのシールドガス及び溶接ワイヤの選択ミグ(MIG)、マグ(MAG)溶接など細径ワイヤを自動的に送給しアークやプールをシールドガスで保護する半自動アーク溶接では、使用するワイヤとシールドガス、 溶接条件によってワイヤ先端に形成されるワイヤ溶融金属が母材プールに移行していく現象(以後、移行現象と呼びます)などが変化し、使用できる作業も変化します。
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2-9半自動アーク溶接の設定条件半自動アーク溶接における溶接条件の設定は、一般的な溶接条件表を頼るような方法は余り推奨できません。
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2-10半自動アーク溶接でのトーチ保持角の設定半自動アーク溶接では、設定した電圧(アーク長さ)条件はほぼ一定に保たれます。
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2-11各種姿勢での半自動アーク溶接作業電極材料であるワイヤの溶ける量が多い半自動アーク溶接では、溶接姿勢によりプールの溶融金属の挙動が変化するため、姿勢に合わせ溶接条件の設定やトーチ操作を適正に行う必要があります。
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2-12ステンレス鋼のミグ、マグ溶接についてステンレス鋼の半自動溶接では、ソリッドワイヤ使用のミグ溶接とフラックスワイヤ使用のマグ溶接が利用できます。
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2-13アルミニウムのミグ溶接についてアルミニウム材料の高能率溶接は、ミグ半自動アーク溶接で可能となります。この溶接で比較的利用範囲の広い、小~中電流条件の溶接作業では、パルス電流制御の利用が推奨されます。
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2-14ろう材の選択とトーチろう付け作業のポイントろう付け(ろう接)は、ハンダ付け作業で行うように母材となる銅線は溶かさず、この固体の銅線の間の隙間に低い温度で溶融するろう材(ハンダ)を液体状態にして流し込み接合する方法です。
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2-15トーチろう付け作業とアークろう付け作業人の作業状態がろう付け結果を左右する手動トーチろう付け作業では、(1)接合部の清浄及びフラックスの塗布、(2)接合部と周辺の均一加熱、(3)フラックスが溶融して活性状態となる適正ろう接温度で、ろう材添加、(4)接合面全体にろう材が均一に行きわたるための加熱操作、(5)適正ろう付け状態の確認と加熱の停止、ろう付け部の冷却、(6)残留フラックスの除去と接合部の清浄、の手順で作業を行います。
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2-16被覆アーク溶接の特徴と作業上の安全対策被覆アーク溶接は、母材材質に合わせた溶接棒を使用すれば、各種材料を手軽な装置で比較的高品質に溶接できることから、これまでの溶接作業の主力として広く利用されてきました。
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2-17被覆アーク溶接棒の選び方被覆アーク溶接では、電極となる溶接棒が溶けて母材に移行し、母材の溶融した金属とともに溶接金属を形成することから基本的には母材の成分に近い成分の溶接棒を選びます(例えば、母材が軟鋼であれば軟鋼用棒、ステンレス鋼の場合はステンレス鋼用棒、銅の場合は銅用棒を選びます)。
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2-18アークの発生と安定維持作業被覆アーク溶接では、遮光用ヘルメットなどで顔を覆った真っ暗やみの中での作業となり、しかも溶接開始時のアークを発生させるための溶接棒と母材面との接触で発する「バチィ」の音、 まぶしいアーク光で驚き、次の動作に移れなくなります
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2-19各姿勢での被覆アーク溶接作業被覆アーク溶接による各姿勢での溶接作業においては、プール溶融金属の挙動に加え溶融スラグの挙動を考慮した条件設定、熱源操作が必要となります。
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2-20直流被覆アーク溶接について最近の小型・軽量化が進められた被覆アーク溶接機では、従来機に比べ低電流条件での使用が難しく、適用できる作業範囲がせばまる、などの問題点が指摘