溶接の基礎講座
本連載では「溶接」について、金属が接合するメカニズムから溶接の種類、また溶接の仕方まで、現場で使える知識をご紹介していきます。
2-17 被覆アーク溶接棒の選び方
被覆アーク溶接では、電極となる溶接棒が溶けて母材に移行し、母材の溶融した金属とともに溶接金属を形成することから基本的には母材の成分に近い成分の溶接棒を選びます(例えば、母材が軟鋼であれば軟鋼用棒、ステンレス鋼の場合はステンレス鋼用棒、銅の場合は銅用棒を選びます)。
被覆アーク溶接では、母材材質に見合った心線の溶接棒を選択することで各種材料の溶接が比較的簡便に可能になり、JISで11種の材料に対応する溶接棒が規定されています。
例えば、軟鋼材の溶接には、JIS・Z3211のE4316(旧D4316)の低水素系やE4319(旧D4301)のイルミナイト系などの棒があります。 また、ステンレス鋼の溶接にはJIS・Z3221の棒、モリブデン鋼やクロムモリブデン鋼にはJIS・Z3223の棒、銅・銅合金にはJIS・Z3231の棒、硬化肉盛りにはJIS・Z3251の棒、鋳鉄にはJIS・Z3252の棒などがあります (利用に当たっては、JISを基準に棒メーカーのカタログや技術資料を参考に選択すると良いでしょう)。
被覆アーク溶接棒では、母材材質に近い成分の心線の外側に(1)アーク発生を容易にする、(2)ビードの形状を整え、全姿勢の溶接を可能にする、(3)健全な溶接金属が得られるようにする、などの作用を目的に被覆剤(フラックス)が塗布されています。 表17-1が、JIS Z3211に規定されている軟鋼用被覆アーク溶接棒の代表的な被覆剤で、それぞれの被覆剤により得られる溶接部の特性が異なっており目的に合った被覆剤の棒を使用します。
表17-1 JIS Z3211規定の溶接棒の種類と用途
被覆剤の種類 | 特徴 |
---|---|
イルミナイト系 | 溶接性、作業性ともに良く、溶接金属の機械的性質も良い |
ライムチタニヤ系 | 溶接金属の機械的性質が低水素系についで良く、作業性も良い |
高セルローズ系 | 吸湿しやすくスパッタが多いが、立向き下進溶接など高速の溶接に敵する |
高酸化チタン系 | アークの安定性が良く溶込みも浅いことから薄板溶接に適し、ビード外観も良い |
低水素系 | アークはやや不安定だが、溶接金属の機械的性質が良く割れやすい材料や重要部材の溶接に適す |
鉄粉酸化チタン系 | アンダーカットを発生させることなく大脚長のすみ肉溶接ができる |
鉄粉低水素系 | 低水素系溶接棒の溶着量を高めたもので、アークの安定性が高められている |
鉄粉酸化鉄系 | 作業性、作業能率が良く、グラビティ溶接用として利用される |
特殊系 | 新たに開発されたものなど、独自の性質を持つ |
これらの溶接棒の中でも、我国では、低水素系あるいはイルミナイト系の棒が広く使われ、一般的には作業性の良いイルミナイト系の溶接棒が選ばれます。
一方、低水素系溶接棒は、ボンド部付近の硬化が大きくもろい組織となりやすい炭素量の多い鋼材の溶接での遅れ割れ(溶接後1日、あるいは数年経過して、このもろくなっているボンド部近くで割れる現象)の発生防止用として使用されています。 ただ、最近は、図17-1に示すように、この棒のスラグがイルミナイト系溶接棒スラグに比べ母材の凝固温度近くで急速に流動性が失われる性質のあることから、 立向きや上向き姿勢溶接での金属の垂れを抑え作業を容易にできることで、こうした目的の溶接にも多く利用されるようになっています。
- (a)イルミナイト系溶接棒の場合
- (b)低水素系溶接棒の場合
図17-1 被覆剤によるスラグの流動性の違い
被覆アーク溶接棒の被覆剤は高い吸湿性があります。このことは、焼き入れ処理により硬くなりやすい鋼の溶接に使用される低水素系溶接棒(被覆剤から発生するシールドガス中の水素成分が少なく抑えられている溶接棒)で特に問題です。 すなわち、吸湿した被覆剤から溶接中に水素を発生、この水素が溶接により脆化した熱影響部の小さな割れなどの欠陥に集まり、集まって発生した水素ガスの内圧で欠陥を徐々に広げ、常温で使用中の製品を破壊する割れにつながり非常に危険なのです。 したがって、被覆アーク溶接棒は、作業前に表17-2のような温度で乾燥させることが必要となります(表のように、他の棒に比べ低水素系溶接棒の乾燥温度は高く設定されているのです)。
表17-2 作業前の溶接棒の乾燥温度
溶接棒の種類 | 加熱温度 | 加熱時間 |
---|---|---|
低水素系以外の溶接棒 | 70~100℃ | 30~60分 |
低水素系溶接棒 | 300~350℃ | 30~60分 |
被覆アーク溶接作業での溶接条件は、溶接棒の心線径で表示される棒径でほぼ決まります (すなわち、アークの安定維持や溶着金属量を決める電流密度が棒径と電流条件で決まるためで、同じ電流条件で棒径が細くなれば電流密度が上がりアークの安定性が高まり溶着金属量も多くなります)。 表17-3が、標準的な棒径に対する適正電流条件の目安です(こうした条件は、被覆剤の種類や同じ被覆剤でもメーカーで違いがあり、溶接棒の梱包箱やカタログに記載されている電流条件範囲なども参考にすると良いでしょう)。 なお、開先内の肉盛り溶接などで太い径の溶接棒を使用すると、狭い開先内での棒の操作性が悪くなり欠陥発生につながります。したがって、被覆アーク溶接棒による溶接作業では、これらのことを含め棒の種類や棒径を適正に選ぶことが必要です。
表17-3 標準的な棒径に対する適正電流条件
棒径(mm) | 使用可能電流(A) | |
---|---|---|
下向き | 立向き、上向き | |
2.6 | 50~100 | 40~90 |
3.2 | 80~140 | 60~130 |
4 | 120~190 | 100~170 |
4.5 | 145~220 | 115~190 |
5 | 170~260 | 130~210 |
6 | 230~320 | - |
『溶接の基礎講座』の目次
第1章 溶接の基礎
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1-1接合方法の種類についてものづくりにおける組み立て手段としての接合方法には、締結部品であるボルトやリベットなどを利用して接合される機械的接合法、溶接やろう付けなどの金属材料の持つ特性を利用して接合する冶金的接合法、そして各種接着剤を利用する接着剤接合法があります。
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1-2金属材料の成り立ちと特性溶接は、2つの金属を加熱して溶かし、その後冷却して固めることで2つの材料を接合、一つの部材にします。
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1-3溶接の接合メカニズム金属を加熱すると、材料は熱膨張で長くなります。
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1-4ひずみが発生する原因とひずみ取り溶接組み立て品の寸法精度不良は、溶接によって発生する変形(溶接ひずみ)や溶接時のセッティング不良などが原因となります。
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1-5ひずみ対策と製品の高精度化溶接によるひずみの発生は、材料や製品形状、部材としての加工状態などによって個々に違います。
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1-6溶接作業における安全対策ガスやアークなど高温の熱源を使用し、金属が溶ける温度状態で切断や溶接の作業を行う場合の共通的な安全上の問題として、①高温の熱源から放出される赤外線や紫外線による目や皮膚の障害
第2章 溶接方法と溶接材料
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2-1ガス溶接とガス切断ボンベに充てんされたプロパンやアセチレンなどの可燃性ガスと酸素を混合して燃焼させ、得られる高温のガス炎は、金属を溶かして接合、溶断(金属を溶かして切断することから溶断と呼びます)するのに利用されます。
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2-2溶接用熱源としてのアークについて一般に最も広く利用されている溶接の熱源が、「アーク」です。アークは、その形状や電流、電圧条件を変化させることで、目的の溶接に見合った熱源に容易に制御できます。こうしたことから、アークは、幅広い材料や製品の溶接に利用されるのです。
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2-3TIG溶接と溶接装置の設定作業ティグ(TIG)溶接は、融点の高いタングステン電極と母材との間にアークを発生させ、このアークで溶かした金属をアルゴンなどの不活性ガスで保護しながら溶接します。
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2-4TIG溶接トーチ、タングステン電極の設定TIG溶接における溶接トーチ、タングステン電極は、その取り扱いにより作業性や溶接品質が強く影響されます。したがって、その取り扱いや設定には、十分な注意と確認が必要です。
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2-5TIGパルス溶接についてTIG溶接は、溶接部の冶金的な特性や溶け込み特性の両面で高品質の溶接結果が得られやすく、近年、各種材料の溶接に広く利用されています。
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2-6TIG溶接における溶接棒の添加作業TIG溶接による開先内肉盛り溶接などでは、作業者は、熱源と切り離された溶接棒をプールに挿入して棒の先端部を溶融させ溶着金属を形成させます。
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2-7半自動アーク溶接とその溶接半自動アーク溶接は、0.4~1.6mmといった細い径のワイヤをモーターで自動的に送り出す溶接法の総称です。
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2-8半自動溶接でのシールドガス及び溶接ワイヤの選択ミグ(MIG)、マグ(MAG)溶接など細径ワイヤを自動的に送給しアークやプールをシールドガスで保護する半自動アーク溶接では、使用するワイヤとシールドガス、 溶接条件によってワイヤ先端に形成されるワイヤ溶融金属が母材プールに移行していく現象(以後、移行現象と呼びます)などが変化し、使用できる作業も変化します。
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2-9半自動アーク溶接の設定条件半自動アーク溶接における溶接条件の設定は、一般的な溶接条件表を頼るような方法は余り推奨できません。
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2-10半自動アーク溶接でのトーチ保持角の設定半自動アーク溶接では、設定した電圧(アーク長さ)条件はほぼ一定に保たれます。
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2-11各種姿勢での半自動アーク溶接作業電極材料であるワイヤの溶ける量が多い半自動アーク溶接では、溶接姿勢によりプールの溶融金属の挙動が変化するため、姿勢に合わせ溶接条件の設定やトーチ操作を適正に行う必要があります。
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2-12ステンレス鋼のミグ、マグ溶接についてステンレス鋼の半自動溶接では、ソリッドワイヤ使用のミグ溶接とフラックスワイヤ使用のマグ溶接が利用できます。
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2-13アルミニウムのミグ溶接についてアルミニウム材料の高能率溶接は、ミグ半自動アーク溶接で可能となります。この溶接で比較的利用範囲の広い、小~中電流条件の溶接作業では、パルス電流制御の利用が推奨されます。
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2-14ろう材の選択とトーチろう付け作業のポイントろう付け(ろう接)は、ハンダ付け作業で行うように母材となる銅線は溶かさず、この固体の銅線の間の隙間に低い温度で溶融するろう材(ハンダ)を液体状態にして流し込み接合する方法です。
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2-15トーチろう付け作業とアークろう付け作業人の作業状態がろう付け結果を左右する手動トーチろう付け作業では、(1)接合部の清浄及びフラックスの塗布、(2)接合部と周辺の均一加熱、(3)フラックスが溶融して活性状態となる適正ろう接温度で、ろう材添加、(4)接合面全体にろう材が均一に行きわたるための加熱操作、(5)適正ろう付け状態の確認と加熱の停止、ろう付け部の冷却、(6)残留フラックスの除去と接合部の清浄、の手順で作業を行います。
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2-16被覆アーク溶接の特徴と作業上の安全対策被覆アーク溶接は、母材材質に合わせた溶接棒を使用すれば、各種材料を手軽な装置で比較的高品質に溶接できることから、これまでの溶接作業の主力として広く利用されてきました。
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2-17被覆アーク溶接棒の選び方被覆アーク溶接では、電極となる溶接棒が溶けて母材に移行し、母材の溶融した金属とともに溶接金属を形成することから基本的には母材の成分に近い成分の溶接棒を選びます(例えば、母材が軟鋼であれば軟鋼用棒、ステンレス鋼の場合はステンレス鋼用棒、銅の場合は銅用棒を選びます)。
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2-18アークの発生と安定維持作業被覆アーク溶接では、遮光用ヘルメットなどで顔を覆った真っ暗やみの中での作業となり、しかも溶接開始時のアークを発生させるための溶接棒と母材面との接触で発する「バチィ」の音、 まぶしいアーク光で驚き、次の動作に移れなくなります
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2-19各姿勢での被覆アーク溶接作業被覆アーク溶接による各姿勢での溶接作業においては、プール溶融金属の挙動に加え溶融スラグの挙動を考慮した条件設定、熱源操作が必要となります。
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2-20直流被覆アーク溶接について最近の小型・軽量化が進められた被覆アーク溶接機では、従来機に比べ低電流条件での使用が難しく、適用できる作業範囲がせばまる、などの問題点が指摘