溶接の基礎講座
本連載では「溶接」について、金属が接合するメカニズムから溶接の種類、また溶接の仕方まで、現場で使える知識をご紹介していきます。
2-4 TIG溶接トーチ、タングステン電極の設定
TIG溶接における溶接トーチ、タングステン電極は、その取り扱いにより作業性や溶接品質が強く影響されます。したがって、その取り扱いや設定には、十分な注意と確認が必要です。
TIG溶接トーチは図4-1に示す構成でできており、トーチキャップを絞めていくことでコレットを押し下げ、コレット先端を絞ってタングステン電極に密着させ、先端の接触部でコレットボディ、コレット、タングステン電極へと通電されていきます。

図4-1 TIG溶接トーチの構成
この溶接で良好な作業結果を確保するには、溶接作業前に溶接トーチを適正に設定することが不可欠で、次の手順で設定します。
(1)使用するタングステン電極の先端が、次項に示す適正形状に加工されているかを確認します。
(2)コレットボディが、使用するタングステン電極径に見合ったものであることを確認し、トーチボディにゆるみのない状態にセットします。
(3)セラミックスガスカップに損傷や汚れのないことを確認し、コレットボディに固定します。
(4)コレットが、使用するタングステン電極径に見合ったものであることを確認し、これにタングステン電極を通しトーチボディに押入、電極のガスノズル先端からの突き出し長さが電極径の2倍程度の長さになるようセットし、 トーチキャップを閉めて電極をゆるみのない状態で取り付けます(電極突き出し長さは、継手の形状や開先の形状よって変わり、継手の溶かした位置に電極先端が届くような突き出し長さにセットすることがポイントです)。
TIG溶接では、使用するタングステン電極の材質により、アーク発生の良否やアークの発生状態が変わります。
(1)直流TIG溶接の場合
直流TIG溶接では、確実なアーク発生ができることや同じ径の電極でも広い電流範囲の溶接ができる、などの理由から酸化物入りタングステン電極を使用します(一般には、棒端が灰色の2%酸化セリウム、棒端が赤色の2%酸化トリウム入り電極が使用されますが、連続してアークスポット溶接するような場合には黄緑色の2%酸化ランタン入り電極などが良いでしょう)。
(2)交流TIG溶接の場合
交流TIG溶接ではアークの発生で電極先端が溶融、その溶け方が電極の材質により特徴的に変化し溶接作業に影響を与えます。図4-2が、同じ先端形状の4種の電極でアルミ合金材のすみ肉溶接を行っている状況です。 (a)の純タングステンの場合は、他のものに比べ先端部が大きく溶融し安定な球面となっていますがその分アークはルートに届かず、ルートの溶融が得られていません。 これに対し、残りの酸化物入り電極では、先端の溶融がテーパー部の1/3 程度で留まり集中性の良いアークとなっているものの、(b)の酸化トリウム入り電極では先端の溶融部の一部が偏り片側材料のみの溶融に、 (c)の酸化イットリウム入り電極ではアークがやや高い位置まで昇りルートを溶かし切れていない状態がわかります。 これらに対し、(d)の酸化セリウム入り電極の場合では、先端の溶融部が小さな溶融球に分裂するものの酸化トリウム入り電極のように偏って発生することなくルート部に集中したアーク状態を保ち、良好なルート部融合が得られています。
こうしたことから、交流TIG溶接では、突合せ継手や角継手の場合は図4-6(a)の状態となる純タングステンもしくは(d)の状態の酸化セリウム入り電極を、すみ肉継手やルート溶け込みが必要な突合せ継手では(d)の状態の酸化セリウム入り電極を使用します。

図4-2 電極材質がアルミ合金すみ肉溶接に及ぼす影響
TIG溶接では、上述の電極材質だけでなくアークを発生する電極先端の形状によってもアークの発生状態が変わり、溶接品質を左右します。
(1)直流TIG溶接の場合
図4-3は、直流TIG溶接での電極先端角(θe)が母材の溶け込み形成に与える影響を調べた結果です。θeが大きく鈍角になるに従って溶け込みの深さが深くなり、溶融幅に近い溶け込み深さとなる効率の良い溶け込みに近づいています。

図4-3 電極先端角(θe)と電流条件が溶け込み形成に与える影響
ただ、先端角の大きい電極では、溶接中の溶融池の観察がむつかしく作業性を悪くします。こうした場合、30°程度に鋭く研磨した電極の先端をわずかにカットし、アークがカット位置より昇らない形状にして使用します(先端角30°程度での、使用電流に対する電極選択の目安は、おおむね次のようになります)。
- 75A程度以下では、1.6mm(2.4mm)径電極で先端カットなし
- 75~125Aでは、2.4mm径電極で先端カットなし
- 125~160Aでは、2.4mm径電極で先端カット0.5mm径
- 160~200Aでは、3.2mm径電極で先端カット0.5mm径
- 200~250Aでは、3.2mm径電極で先端カット1.0mm径
- 250A程度以上では、3.2(4.0)mm径電極で先端カット1.5mm径
(2)交流TIG溶接の場合
交流TIG溶接における電極先端の溶融は、使用する電流に対する電極材質、電極径、先端角によって変化するとともにクリーニング幅の調整状態によっても変化します。 したがって、交流TIG溶接の電極先端形状の設定は、これらによる変化を考慮し、突合せ継手や角継手では図4-6の(a)の状態もしくは(d)の状態、すみ肉継ぎ手では(d)の状態が得られる形状に先端を設定します
『溶接の基礎講座』の目次
第1章 溶接の基礎
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1-1接合方法の種類についてものづくりにおける組み立て手段としての接合方法には、締結部品であるボルトやリベットなどを利用して接合される機械的接合法、溶接やろう付けなどの金属材料の持つ特性を利用して接合する冶金的接合法、そして各種接着剤を利用する接着剤接合法があります。
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1-2金属材料の成り立ちと特性溶接は、2つの金属を加熱して溶かし、その後冷却して固めることで2つの材料を接合、一つの部材にします。
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1-3溶接の接合メカニズム金属を加熱すると、材料は熱膨張で長くなります。
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1-4ひずみが発生する原因とひずみ取り溶接組み立て品の寸法精度不良は、溶接によって発生する変形(溶接ひずみ)や溶接時のセッティング不良などが原因となります。
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1-5ひずみ対策と製品の高精度化溶接によるひずみの発生は、材料や製品形状、部材としての加工状態などによって個々に違います。
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1-6溶接作業における安全対策ガスやアークなど高温の熱源を使用し、金属が溶ける温度状態で切断や溶接の作業を行う場合の共通的な安全上の問題として、①高温の熱源から放出される赤外線や紫外線による目や皮膚の障害
第2章 溶接方法と溶接材料
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2-1ガス溶接とガス切断ボンベに充てんされたプロパンやアセチレンなどの可燃性ガスと酸素を混合して燃焼させ、得られる高温のガス炎は、金属を溶かして接合、溶断(金属を溶かして切断することから溶断と呼びます)するのに利用されます。
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2-2溶接用熱源としてのアークについて一般に最も広く利用されている溶接の熱源が、「アーク」です。アークは、その形状や電流、電圧条件を変化させることで、目的の溶接に見合った熱源に容易に制御できます。こうしたことから、アークは、幅広い材料や製品の溶接に利用されるのです。
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2-3TIG溶接と溶接装置の設定作業ティグ(TIG)溶接は、融点の高いタングステン電極と母材との間にアークを発生させ、このアークで溶かした金属をアルゴンなどの不活性ガスで保護しながら溶接します。
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2-4TIG溶接トーチ、タングステン電極の設定TIG溶接における溶接トーチ、タングステン電極は、その取り扱いにより作業性や溶接品質が強く影響されます。したがって、その取り扱いや設定には、十分な注意と確認が必要です。
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2-5TIGパルス溶接についてTIG溶接は、溶接部の冶金的な特性や溶け込み特性の両面で高品質の溶接結果が得られやすく、近年、各種材料の溶接に広く利用されています。
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2-6TIG溶接における溶接棒の添加作業TIG溶接による開先内肉盛り溶接などでは、作業者は、熱源と切り離された溶接棒をプールに挿入して棒の先端部を溶融させ溶着金属を形成させます。
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2-7半自動アーク溶接とその溶接半自動アーク溶接は、0.4~1.6mmといった細い径のワイヤをモーターで自動的に送り出す溶接法の総称です。
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2-8半自動溶接でのシールドガス及び溶接ワイヤの選択ミグ(MIG)、マグ(MAG)溶接など細径ワイヤを自動的に送給しアークやプールをシールドガスで保護する半自動アーク溶接では、使用するワイヤとシールドガス、 溶接条件によってワイヤ先端に形成されるワイヤ溶融金属が母材プールに移行していく現象(以後、移行現象と呼びます)などが変化し、使用できる作業も変化します。
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2-9半自動アーク溶接の設定条件半自動アーク溶接における溶接条件の設定は、一般的な溶接条件表を頼るような方法は余り推奨できません。
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2-10半自動アーク溶接でのトーチ保持角の設定半自動アーク溶接では、設定した電圧(アーク長さ)条件はほぼ一定に保たれます。
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2-11各種姿勢での半自動アーク溶接作業電極材料であるワイヤの溶ける量が多い半自動アーク溶接では、溶接姿勢によりプールの溶融金属の挙動が変化するため、姿勢に合わせ溶接条件の設定やトーチ操作を適正に行う必要があります。
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2-12ステンレス鋼のミグ、マグ溶接についてステンレス鋼の半自動溶接では、ソリッドワイヤ使用のミグ溶接とフラックスワイヤ使用のマグ溶接が利用できます。
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2-13アルミニウムのミグ溶接についてアルミニウム材料の高能率溶接は、ミグ半自動アーク溶接で可能となります。この溶接で比較的利用範囲の広い、小~中電流条件の溶接作業では、パルス電流制御の利用が推奨されます。
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2-14ろう材の選択とトーチろう付け作業のポイントろう付け(ろう接)は、ハンダ付け作業で行うように母材となる銅線は溶かさず、この固体の銅線の間の隙間に低い温度で溶融するろう材(ハンダ)を液体状態にして流し込み接合する方法です。
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2-15トーチろう付け作業とアークろう付け作業人の作業状態がろう付け結果を左右する手動トーチろう付け作業では、(1)接合部の清浄及びフラックスの塗布、(2)接合部と周辺の均一加熱、(3)フラックスが溶融して活性状態となる適正ろう接温度で、ろう材添加、(4)接合面全体にろう材が均一に行きわたるための加熱操作、(5)適正ろう付け状態の確認と加熱の停止、ろう付け部の冷却、(6)残留フラックスの除去と接合部の清浄、の手順で作業を行います。
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2-16被覆アーク溶接の特徴と作業上の安全対策被覆アーク溶接は、母材材質に合わせた溶接棒を使用すれば、各種材料を手軽な装置で比較的高品質に溶接できることから、これまでの溶接作業の主力として広く利用されてきました。
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2-17被覆アーク溶接棒の選び方被覆アーク溶接では、電極となる溶接棒が溶けて母材に移行し、母材の溶融した金属とともに溶接金属を形成することから基本的には母材の成分に近い成分の溶接棒を選びます(例えば、母材が軟鋼であれば軟鋼用棒、ステンレス鋼の場合はステンレス鋼用棒、銅の場合は銅用棒を選びます)。
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2-18アークの発生と安定維持作業被覆アーク溶接では、遮光用ヘルメットなどで顔を覆った真っ暗やみの中での作業となり、しかも溶接開始時のアークを発生させるための溶接棒と母材面との接触で発する「バチィ」の音、 まぶしいアーク光で驚き、次の動作に移れなくなります
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2-19各姿勢での被覆アーク溶接作業被覆アーク溶接による各姿勢での溶接作業においては、プール溶融金属の挙動に加え溶融スラグの挙動を考慮した条件設定、熱源操作が必要となります。
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2-20直流被覆アーク溶接について最近の小型・軽量化が進められた被覆アーク溶接機では、従来機に比べ低電流条件での使用が難しく、適用できる作業範囲がせばまる、などの問題点が指摘