溶接の基礎講座
本連載では「溶接」について、金属が接合するメカニズムから溶接の種類、また溶接の仕方まで、現場で使える知識をご紹介していきます。
2-3 TIG溶接と溶接装置の設定作業
ティグ(TIG)溶接は、融点の高いタングステン電極と母材との間にアークを発生させ、このアークで溶かした金属をアルゴンなどの不活性ガスで保護しながら溶接します。 したがって、この溶接では、(1)熱源としてのアークは母材のみを溶かすことができ、必要な溶け込みの得られる高品質の溶接が可能です(薄板溶接では必要以上に溶着金属をつけないナメ付け溶接で、 逆に開先内溶接やすみ肉溶接のように溶着金属が必要な溶接では、接合面を溶融させた後に溶接棒を添加する方法で図3-1のように必要最小限の溶け込みと溶着金属が確実に得られます)、 (2)不活性ガス中の穏やかなアークで溶接されることで、多くの金属材料の高品質な溶接が可能です、といった特徴の溶接法となります。

図3-1 TIG溶接による溶接例
TIG溶接装置は、図3-2に示すように溶接機、シールドガス送給などを行う制御装置、溶接トーチ、そしてシールドガス及びシールドガスを送るホース類で構成されます(水冷トーチ使用の場合は、別に冷却水回路が必要です)。 ただ、今日のTIG溶接機は制御装置が溶接機に組み込まれた一体型で、デジタル方式のものが主流になっています (デジタルTIG溶接機の特徴は、(1)各種機能の切り替えがスイッチではなくタッチパネル方式になっている、(2)電流などの設定、表示がデジタル値である、(3)電流の制御などが迅速で高精度である、(4)溶接条件の記憶機能を有している、などであり、基本的機能は従来機と同じです)。

図3-2 TIG溶接装置の構成
2)溶接機の設定
一般的なTIG溶接機には、目的に合った溶接が行えるよういろいろの機能が用意されており、これらを適正に設定することで目的の溶接が高品質に行えるようになります。
それぞれの機能の設定の目安は、次のようになります。
(1)アルミニウム、マグネシウムを除く材料のTIG溶接は、基本的に直流(DC・TIG)に設定します。
*1:アルミニウム、マグネシウム材料の溶接
素材が溶ける温度の4~5倍の溶ける温度となる材料表面の酸化膜を破るため、クリーニング作用が安定して得られる交流TIGが使用されます。
*2:交流TIGの場合
使用する電流波形を標準、薄板用、厚板用、交流と直流のミックスなどに選択できますが、特殊な目的の場合を除き標準交流を選べば良いでしょう。
*3:交流TIGの場合
溶接に不可欠となるクリーニング作用の作用範囲をクリーニング幅調整ダイアルで調整できます。このクリーニング幅調整位置を狭く設定すると、図3-3のようにクリーニングされる幅は狭く、電極先端の溶融が少なくなります。 ただ、特殊な目的を除く通常の設定は、ほぼ中間の標準位置で良いでしょう。

図3-3 クリーニング幅調整位置と溶接結果の関係
(2)使用するトーチの水冷、空冷の切り替えを設定します。
TIG溶接でアークを発生させるトーチヘッド部は、アーク熱などで加熱され高温となります。この温度上昇により、(1)トーチ部品の損傷、(2)作業者の火傷などの危険性を高めます。そのため、トーチを水冷、ないしは空冷で冷却します。
*1:空冷トーチ使用の場合
作業性や冷却水送給装置のメンテナンスの面から、200A以下の電流で使用するトーチは空冷式のものを使用することが多くなっています。 ただ、空冷式では、タングステン電極の交換の際にトーチキャップを絞めたり緩めたりすることで、特に高温状態のトーチボディ側のネジ山が磨耗し、タングステンの固定がきかなくなることがあり注意が必要です。 (こうした問題には、組み立て式のトーチを使用し、トーチヘッド部品のみの交換で対応すると良いでしょう)。また、高温状態のトーチヘッド部に手を触れるなどによる火傷にも注意です。
*2:水冷トーチ使用の場合
空冷トーチの問題点を回避するといった面から、基本的には水冷トーチの使用が推奨されます。 ただ、この場合、冷却装置とトーチ冷却水ホースのジョイント部などに錆びやごみの詰りが生じ、冷却水の流れが所定圧力に達し切れず制御回路が作動しないトラブルに遭遇することがあります。 こうした場合、各接続部を外して清掃することが基本です。ただ、急ぎで短時間の溶接に限る場合は、冷却装置は駆動させた状態で空冷に切り替えるとアークが発生できます (これは応急処置であり、長時間使用の場合は必ず清掃が必要で、おこたるとトーチパワーケーブルの破損につながります)。
(3)その他の機能を設定します
TIG溶接機には、溶接の開始、終了時の溶接品質を高めるため図3-4に示すシーケンスで溶接できます。

図3-4 TIG溶接でのシーケンスの概要
*1:シールドガス送給の設定
溶接開始前、溶接終了後の溶接部の酸化を防ぐため、それぞれの時点で図3-4のようにプリフロー、アフターフローの時間を設定します。
プリフロー時間は溶接開始位置に黒色酸化物の付着の無くなる時間が、アフターフロー時間は冷却後の電極先端部が酸化による変色の無い銀白色であることが、それぞれの設定の目安になります。
*2:アップスロープ条件の設定
図3-4の溶接開始直後の電流操作で、開始時点でただちに溶接電流が流れると溶接開始母材始端で溶け落ちを生じる危険があり、これを防ぐため初期電流を溶接電流より低く設定、その後アップスロープをかけて溶接電流まで上昇させます (特に初期溶け落ちが発生しやすい場合は必要ですが、通常は溶接電流の1/3程度で最低のアップスロープ時間の設定でも良いでしょう)。
*3:ダウンスロープ条件の設定
図3-4の溶接終了時点の電流操作で、終了時に一挙にアークを切るとクレータ中心に収縮孔などの欠陥を発生するようになるため、溶接電流の1/3程度のクレータ電流で、 できるだけ収縮孔の発生しない程度のダウンスロープ時間を設定すると良いでしょう(この設定では、処理なし、上述の処理1回のあり、処理を数回繰り返す反復の使い分けの設定も必要ですが、この処理を行う場合、処理とトーチスイッチ操作の関係をよく確認しておきましょう)。
『溶接の基礎講座』の目次
第1章 溶接の基礎
-
1-1接合方法の種類についてものづくりにおける組み立て手段としての接合方法には、締結部品であるボルトやリベットなどを利用して接合される機械的接合法、溶接やろう付けなどの金属材料の持つ特性を利用して接合する冶金的接合法、そして各種接着剤を利用する接着剤接合法があります。
-
1-2金属材料の成り立ちと特性溶接は、2つの金属を加熱して溶かし、その後冷却して固めることで2つの材料を接合、一つの部材にします。
-
1-3溶接の接合メカニズム金属を加熱すると、材料は熱膨張で長くなります。
-
1-4ひずみが発生する原因とひずみ取り溶接組み立て品の寸法精度不良は、溶接によって発生する変形(溶接ひずみ)や溶接時のセッティング不良などが原因となります。
-
1-5ひずみ対策と製品の高精度化溶接によるひずみの発生は、材料や製品形状、部材としての加工状態などによって個々に違います。
-
1-6溶接作業における安全対策ガスやアークなど高温の熱源を使用し、金属が溶ける温度状態で切断や溶接の作業を行う場合の共通的な安全上の問題として、①高温の熱源から放出される赤外線や紫外線による目や皮膚の障害
第2章 溶接方法と溶接材料
-
2-1ガス溶接とガス切断ボンベに充てんされたプロパンやアセチレンなどの可燃性ガスと酸素を混合して燃焼させ、得られる高温のガス炎は、金属を溶かして接合、溶断(金属を溶かして切断することから溶断と呼びます)するのに利用されます。
-
2-2溶接用熱源としてのアークについて一般に最も広く利用されている溶接の熱源が、「アーク」です。アークは、その形状や電流、電圧条件を変化させることで、目的の溶接に見合った熱源に容易に制御できます。こうしたことから、アークは、幅広い材料や製品の溶接に利用されるのです。
-
2-3TIG溶接と溶接装置の設定作業ティグ(TIG)溶接は、融点の高いタングステン電極と母材との間にアークを発生させ、このアークで溶かした金属をアルゴンなどの不活性ガスで保護しながら溶接します。
-
2-4TIG溶接トーチ、タングステン電極の設定TIG溶接における溶接トーチ、タングステン電極は、その取り扱いにより作業性や溶接品質が強く影響されます。したがって、その取り扱いや設定には、十分な注意と確認が必要です。
-
2-5TIGパルス溶接についてTIG溶接は、溶接部の冶金的な特性や溶け込み特性の両面で高品質の溶接結果が得られやすく、近年、各種材料の溶接に広く利用されています。
-
2-6TIG溶接における溶接棒の添加作業TIG溶接による開先内肉盛り溶接などでは、作業者は、熱源と切り離された溶接棒をプールに挿入して棒の先端部を溶融させ溶着金属を形成させます。
-
2-7半自動アーク溶接とその溶接半自動アーク溶接は、0.4~1.6mmといった細い径のワイヤをモーターで自動的に送り出す溶接法の総称です。
-
2-8半自動溶接でのシールドガス及び溶接ワイヤの選択ミグ(MIG)、マグ(MAG)溶接など細径ワイヤを自動的に送給しアークやプールをシールドガスで保護する半自動アーク溶接では、使用するワイヤとシールドガス、 溶接条件によってワイヤ先端に形成されるワイヤ溶融金属が母材プールに移行していく現象(以後、移行現象と呼びます)などが変化し、使用できる作業も変化します。
-
2-9半自動アーク溶接の設定条件半自動アーク溶接における溶接条件の設定は、一般的な溶接条件表を頼るような方法は余り推奨できません。
-
2-10半自動アーク溶接でのトーチ保持角の設定半自動アーク溶接では、設定した電圧(アーク長さ)条件はほぼ一定に保たれます。
-
2-11各種姿勢での半自動アーク溶接作業電極材料であるワイヤの溶ける量が多い半自動アーク溶接では、溶接姿勢によりプールの溶融金属の挙動が変化するため、姿勢に合わせ溶接条件の設定やトーチ操作を適正に行う必要があります。
-
2-12ステンレス鋼のミグ、マグ溶接についてステンレス鋼の半自動溶接では、ソリッドワイヤ使用のミグ溶接とフラックスワイヤ使用のマグ溶接が利用できます。
-
2-13アルミニウムのミグ溶接についてアルミニウム材料の高能率溶接は、ミグ半自動アーク溶接で可能となります。この溶接で比較的利用範囲の広い、小~中電流条件の溶接作業では、パルス電流制御の利用が推奨されます。
-
2-14ろう材の選択とトーチろう付け作業のポイントろう付け(ろう接)は、ハンダ付け作業で行うように母材となる銅線は溶かさず、この固体の銅線の間の隙間に低い温度で溶融するろう材(ハンダ)を液体状態にして流し込み接合する方法です。
-
2-15トーチろう付け作業とアークろう付け作業人の作業状態がろう付け結果を左右する手動トーチろう付け作業では、(1)接合部の清浄及びフラックスの塗布、(2)接合部と周辺の均一加熱、(3)フラックスが溶融して活性状態となる適正ろう接温度で、ろう材添加、(4)接合面全体にろう材が均一に行きわたるための加熱操作、(5)適正ろう付け状態の確認と加熱の停止、ろう付け部の冷却、(6)残留フラックスの除去と接合部の清浄、の手順で作業を行います。
-
2-16被覆アーク溶接の特徴と作業上の安全対策被覆アーク溶接は、母材材質に合わせた溶接棒を使用すれば、各種材料を手軽な装置で比較的高品質に溶接できることから、これまでの溶接作業の主力として広く利用されてきました。
-
2-17被覆アーク溶接棒の選び方被覆アーク溶接では、電極となる溶接棒が溶けて母材に移行し、母材の溶融した金属とともに溶接金属を形成することから基本的には母材の成分に近い成分の溶接棒を選びます(例えば、母材が軟鋼であれば軟鋼用棒、ステンレス鋼の場合はステンレス鋼用棒、銅の場合は銅用棒を選びます)。
-
2-18アークの発生と安定維持作業被覆アーク溶接では、遮光用ヘルメットなどで顔を覆った真っ暗やみの中での作業となり、しかも溶接開始時のアークを発生させるための溶接棒と母材面との接触で発する「バチィ」の音、 まぶしいアーク光で驚き、次の動作に移れなくなります
-
2-19各姿勢での被覆アーク溶接作業被覆アーク溶接による各姿勢での溶接作業においては、プール溶融金属の挙動に加え溶融スラグの挙動を考慮した条件設定、熱源操作が必要となります。
-
2-20直流被覆アーク溶接について最近の小型・軽量化が進められた被覆アーク溶接機では、従来機に比べ低電流条件での使用が難しく、適用できる作業範囲がせばまる、などの問題点が指摘