溶接の基礎講座
本連載では「溶接」について、金属が接合するメカニズムから溶接の種類、また溶接の仕方まで、現場で使える知識をご紹介していきます。
1-6 溶接作業における安全対策
ガスやアークなど高温の熱源を使用し、金属が溶ける温度状態で切断や溶接の作業を行う場合の共通的な安全上の問題として、(1)高温の熱源から放出される赤外線や紫外線による目や皮膚の障害、(2)作業で発生するガスや金属蒸気、ヒュームによる中毒症やじん肺、(3)溶けた金属から発生するスパッタなどによる火災や爆発、など共通する問題と、 (1)電気を使用するアークでは感電事故、(2)ガスを使用する場合では、ガス自体の爆発やガスボンベの破裂事故、など個々での問題も発生します。
熱や光による日焼けは、これらを直接受ける場合だけでなく周りの金属や壁などで反射されたものによっても起こります。また、火傷は、こうした熱や光の他、溶接を完了した直後の溶接材に触れることや、高温のスパッタを浴びることでも発生します。そこで、溶接作業では、革あるいは難燃性布の保護具で全身を確実に保護します。
溶接用の熱源からは、強い可視光線や赤外線、紫外線が出ています。これらの光を長時間、直接見ていると、「作業を終えて寝ようとすると目がゴロゴロし、痛くて眠れなくなる炎症を起こします(こうした場合は、濡れ手ぬぐいなどで目を良く冷やします)」。さらに、こうした炎症を幾度となく繰り返したり、遮光性の悪い遮光ガラスを使用して長い期間溶接作業に従事していると、目の障害なども発生する危険性があります。したがって、これらを防止するため、日ごろから次の注意が必要です。
(1)溶接・溶断作業に従事する場合では、表6-1に示す適度な暗さと有害光線の侵入を防ぐ遮光ガラスを取り付けたハンドシールドやヘルメットを使用します(この遮光ガラスには、金属の溶けている状態が良く見極められる暗さと有害光の侵入を防ぐ機能を持つことが必要で、JISやDINの認証マーク付きのものが推奨されます)。なお、実作業では、操作性の優れるハンドシールドが好まれますが、「品質良い溶接にはヘルメットの使用」が推奨されます(これらを両立できる液晶形ヘルメットなども有効でしょう)。
(2)直接的な溶接作業でなくアーク光の中で作業するような場合では、作業に悪影響を及ぼさない程度の小さい遮光度の保護眼鏡を着用すると良いでしょう(透明の保護眼鏡の着用でも効果があります)。なお、保護眼鏡は、壁面などからの散乱光の侵入を考慮して「両サイドガード付きの保護眼鏡」が推奨されます。
表6-1 各種溶接、溶断作業で必要な遮光ガラス
遮光度No | 被覆アーク溶接 | 半自動アーク溶接 | ガス溶接・溶断 |
---|---|---|---|
3~4 | - | - | 70L/時間以下 |
5~6 | 30A以下の作業 | - | ※溶接は1時間当たりの酸素使用量、 切断は1時間当たりのアセチレン使用量 |
7~8 | 35~75Aの作業 | - | |
9~11 | 75~200Aの作業 | 100A以下の作業 | |
12~13 | 200~400Aの作業 | 100~400Aの作業 |
アーク溶接作業中のアークの周りには、ガスやヒュームで構成される煙が見えます。この中のヒュームは、金属の蒸気やその蒸気と酸素、窒素が化合した酸化物、窒化物で、これを多量に吸い込むと中毒症を起こします。また、長期間体内にたまると、じん肺になる危険性もあります(したがって、常時こうした作業に従事する場合は、じん肺などの定期診断を受ける必要があります)。また、亜鉛メッキ鋼板や鉛を含む塗料で塗装した材料、銅や真ちゅうなどの溶接では重金属が蒸発し、これを吸い込むと強い寒気を感じる中毒症を起こします。
一方、煙中のガスは、主として炭酸ガスや水蒸気です。しかし、これらのガスの一部は分解し一酸化炭素や一酸化窒素となり、身体に害を及ぼします。また、大きな電流で行うアルミニウム合金材のミグ溶接では、ガスやヒュームでのどを痛め、強くせきこむこともあるのです。
こうしたことから、溶接作業では、
(1)「粉じん災害防止規則」により、作業場周囲の通風や換気の配慮が必要になります(特に危険性の高い狭い場所での作業では、事前に局所排気装置の設置などを十分検討しておくことが必要でしょう)。
(2)アーク溶接中の作業者は、ヒュームやガスの吸入防止のため、防止効果がJIST8151「防じんマスク」規格に合格した防じんマスクを着用しておくことが必要です。
(3)ヒュームや危険ガスの発生が多い狭い場所での作業や十分な換気ができない作業では、防毒マスクの着用なども必要でしょう。
(4)圧力容器内など密閉されていた場所で長時間ガシスールドアーク溶接するような場合,酸素欠乏症になることがあります。したがって、こうした場所での溶接作業では、「酸素欠乏症等防止規則」に基づく「空気中の酸素の濃度を18%以上に保つような換気」などにも注意が必要です。
人が導電部に触れ感電した時の電撃の危険度は、電流の大きさや通電時間、電流の経路、電流の種類(直流、交、周波数)によって異なります。中でも、危険度の大きいのが電流の大きさで、筋肉のけいれんや神経の麻ひ(痔)で運動の自由を失わない限界の電流値(離脱電流)は、商用交流電源の時、大多数の人が離脱できる安全限界は成人男子で9mA,女子で6mAと云われています。
また、人の電気抵抗は、皮膚が乾燥している状態では10000オウム程度、水に濡れていると1/25にまで低下すると云われている。
こうしたことから、(社)日本電気協会では、「人体が著しく濡れている状態」で「金属製の装置や構造物に人体の一部が常時触れている状態」に対する許容接触電圧を25V以下とし、自動電撃防止装置の安全電圧の目安としています。
飛散したスパッタで作業周りの燃えやすい油や布、ガスボンベなどに引火し、火災や爆発を生じます。こうした火災や爆発の防止には、危険性のあるものは置かない作業場の整理整頓が重要で、移動の難しいものには難燃性が十分に確認されたシートによる保護を行います。
作業中の危険性が特段に高いガスあるいはアークを使用する作業では、作業に従事しようとする前に安全に作業ができるよう学科と実技の教育を受け、教育を修了したことの証明書を取得しておくことが労働安全衛生法に定められています。
「ガス溶接技能講習」では、ガス炎による溶接や切断作業だけでなく、ガス炎を利用する予熱やガスガウジングなどの作業をする場合にも必ず所持しておくことが必要です(違反すると作業者だけでなく事業者も罰せられることとなります)。この講習は労働基準局長が認定した指定機関で行なわれ、学科8時間、実技5時間の講習を受け、最後に行われる修了試験の合格者に対して修了証が交付されることになっています。
一方、「アーク溶接作業特別教育」でも、「ガス溶接技能講習」の場合と同じような要領で学科11時間、実技10時間以上の教育を行うことが義務付けられています。この他、レーザ光による災害、ロボット取り扱い中の誤動作による災害に対する安全教育も、これらの作業に従事する予定の作業者を専門の講習会に参加させ,教育を受けさせることが必要になっています。
『溶接の基礎講座』の目次
第1章 溶接の基礎
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1-1接合方法の種類についてものづくりにおける組み立て手段としての接合方法には、締結部品であるボルトやリベットなどを利用して接合される機械的接合法、溶接やろう付けなどの金属材料の持つ特性を利用して接合する冶金的接合法、そして各種接着剤を利用する接着剤接合法があります。
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1-2金属材料の成り立ちと特性溶接は、2つの金属を加熱して溶かし、その後冷却して固めることで2つの材料を接合、一つの部材にします。
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1-3溶接の接合メカニズム金属を加熱すると、材料は熱膨張で長くなります。
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1-4ひずみが発生する原因とひずみ取り溶接組み立て品の寸法精度不良は、溶接によって発生する変形(溶接ひずみ)や溶接時のセッティング不良などが原因となります。
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1-5ひずみ対策と製品の高精度化溶接によるひずみの発生は、材料や製品形状、部材としての加工状態などによって個々に違います。
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1-6溶接作業における安全対策ガスやアークなど高温の熱源を使用し、金属が溶ける温度状態で切断や溶接の作業を行う場合の共通的な安全上の問題として、①高温の熱源から放出される赤外線や紫外線による目や皮膚の障害
第2章 溶接方法と溶接材料
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2-1ガス溶接とガス切断ボンベに充てんされたプロパンやアセチレンなどの可燃性ガスと酸素を混合して燃焼させ、得られる高温のガス炎は、金属を溶かして接合、溶断(金属を溶かして切断することから溶断と呼びます)するのに利用されます。
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2-2溶接用熱源としてのアークについて一般に最も広く利用されている溶接の熱源が、「アーク」です。アークは、その形状や電流、電圧条件を変化させることで、目的の溶接に見合った熱源に容易に制御できます。こうしたことから、アークは、幅広い材料や製品の溶接に利用されるのです。
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2-3TIG溶接と溶接装置の設定作業ティグ(TIG)溶接は、融点の高いタングステン電極と母材との間にアークを発生させ、このアークで溶かした金属をアルゴンなどの不活性ガスで保護しながら溶接します。
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2-4TIG溶接トーチ、タングステン電極の設定TIG溶接における溶接トーチ、タングステン電極は、その取り扱いにより作業性や溶接品質が強く影響されます。したがって、その取り扱いや設定には、十分な注意と確認が必要です。
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2-5TIGパルス溶接についてTIG溶接は、溶接部の冶金的な特性や溶け込み特性の両面で高品質の溶接結果が得られやすく、近年、各種材料の溶接に広く利用されています。
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2-6TIG溶接における溶接棒の添加作業TIG溶接による開先内肉盛り溶接などでは、作業者は、熱源と切り離された溶接棒をプールに挿入して棒の先端部を溶融させ溶着金属を形成させます。
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2-7半自動アーク溶接とその溶接半自動アーク溶接は、0.4~1.6mmといった細い径のワイヤをモーターで自動的に送り出す溶接法の総称です。
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2-8半自動溶接でのシールドガス及び溶接ワイヤの選択ミグ(MIG)、マグ(MAG)溶接など細径ワイヤを自動的に送給しアークやプールをシールドガスで保護する半自動アーク溶接では、使用するワイヤとシールドガス、 溶接条件によってワイヤ先端に形成されるワイヤ溶融金属が母材プールに移行していく現象(以後、移行現象と呼びます)などが変化し、使用できる作業も変化します。
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2-9半自動アーク溶接の設定条件半自動アーク溶接における溶接条件の設定は、一般的な溶接条件表を頼るような方法は余り推奨できません。
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2-10半自動アーク溶接でのトーチ保持角の設定半自動アーク溶接では、設定した電圧(アーク長さ)条件はほぼ一定に保たれます。
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2-11各種姿勢での半自動アーク溶接作業電極材料であるワイヤの溶ける量が多い半自動アーク溶接では、溶接姿勢によりプールの溶融金属の挙動が変化するため、姿勢に合わせ溶接条件の設定やトーチ操作を適正に行う必要があります。
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2-12ステンレス鋼のミグ、マグ溶接についてステンレス鋼の半自動溶接では、ソリッドワイヤ使用のミグ溶接とフラックスワイヤ使用のマグ溶接が利用できます。
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2-13アルミニウムのミグ溶接についてアルミニウム材料の高能率溶接は、ミグ半自動アーク溶接で可能となります。この溶接で比較的利用範囲の広い、小~中電流条件の溶接作業では、パルス電流制御の利用が推奨されます。
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2-14ろう材の選択とトーチろう付け作業のポイントろう付け(ろう接)は、ハンダ付け作業で行うように母材となる銅線は溶かさず、この固体の銅線の間の隙間に低い温度で溶融するろう材(ハンダ)を液体状態にして流し込み接合する方法です。
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2-15トーチろう付け作業とアークろう付け作業人の作業状態がろう付け結果を左右する手動トーチろう付け作業では、(1)接合部の清浄及びフラックスの塗布、(2)接合部と周辺の均一加熱、(3)フラックスが溶融して活性状態となる適正ろう接温度で、ろう材添加、(4)接合面全体にろう材が均一に行きわたるための加熱操作、(5)適正ろう付け状態の確認と加熱の停止、ろう付け部の冷却、(6)残留フラックスの除去と接合部の清浄、の手順で作業を行います。
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2-16被覆アーク溶接の特徴と作業上の安全対策被覆アーク溶接は、母材材質に合わせた溶接棒を使用すれば、各種材料を手軽な装置で比較的高品質に溶接できることから、これまでの溶接作業の主力として広く利用されてきました。
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2-17被覆アーク溶接棒の選び方被覆アーク溶接では、電極となる溶接棒が溶けて母材に移行し、母材の溶融した金属とともに溶接金属を形成することから基本的には母材の成分に近い成分の溶接棒を選びます(例えば、母材が軟鋼であれば軟鋼用棒、ステンレス鋼の場合はステンレス鋼用棒、銅の場合は銅用棒を選びます)。
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2-18アークの発生と安定維持作業被覆アーク溶接では、遮光用ヘルメットなどで顔を覆った真っ暗やみの中での作業となり、しかも溶接開始時のアークを発生させるための溶接棒と母材面との接触で発する「バチィ」の音、 まぶしいアーク光で驚き、次の動作に移れなくなります
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2-19各姿勢での被覆アーク溶接作業被覆アーク溶接による各姿勢での溶接作業においては、プール溶融金属の挙動に加え溶融スラグの挙動を考慮した条件設定、熱源操作が必要となります。
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2-20直流被覆アーク溶接について最近の小型・軽量化が進められた被覆アーク溶接機では、従来機に比べ低電流条件での使用が難しく、適用できる作業範囲がせばまる、などの問題点が指摘