工具の通販モノタロウ 塗料 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 (その8)4-10ラッカー時代(その2 エアスプレーガンの誕生)

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-10 ラッカー時代(その2 エアスプレーガンの誕生)

2.ラッカー時代の到来

日本では、第1次世界大戦後に残った火薬用NCの平和利用から塗料分野にNC(硝化綿、ニトロセルロース)が持ち込まれた。プラスチック分野のセルロイド(NCと樟脳の混合物)と時期は重なる。1925年にNCラッカーが日本で製品化され、後述する1930年にエアスプレーガンを装備した工場での塗装ラインができ、ラッカー時代の幕開けになる。年表で見た方が理解しやすい。表4-5に示すように、油性塗料時代、合成樹脂塗料時代と重なるが、私は1925年から1975年頃の50年間をラッカー時代と見なす。

表4-5 ラッカー時代とはいつの頃か

表4-5 ラッカー時代とはいつの頃か

その根拠をラッカーの年間生産量の推移から探ってみた。図4‐17(a)に示すように、ラッカー時代の1938年には年間1万トン(t)を生産していたが、終戦の1945年で生産量は一気に落ち込み、再び1万t に復帰したのは1953年であった。以降はものすごい勢いで生産量が増加し、1972年には8万tを超え、これが生産ピークである。現在のラッカーの年間生産量は2万t未満で、含有率が1%程度であるから、含有率10%を示していた1960年代は、如何にラッカーが多く出回っていたかが想像できる。なお、ラッカーの含有率とは、次式で計算するようにラッカーの生産量(使用量)が全塗料中にどの程度を占めるかを表す。
ラッカーの含有率 (wt%) = 100 ×(ラッカーの年間生産量)/(全塗料の年間生産量)
計算結果を図4‐17(b)に示す。このデータによると、ラッカーの使用割合は1964年付近でピークを示している。このピーク値は約10%を示しており、1960年代をラッカー時代のピークと見る事ができる。終点の判定は難しいが、1980年以降は含有率が5%以下になるので、1970年後半までと見なせる。よって、ラッカー時代は1925年から1975年頃の50年間としたい。定義されているわけでないから、異論はあるだろう。1940年以降は表4‐5に示すように合成樹脂系塗料の開発と上市が盛んに行われたので、合成樹脂塗料時代と呼ぶことにする。これも定義されているわけではない。

図4-17 ラッカー時代の根拠 (a)ラッカーの年間生産量とその推移・ラッカー時代の根拠 塗料中に占めるラッカーの含有率の推移
図4-17 ラッカー時代の根拠
ラッカーの含有率 (wt%) = 100 ×(ラッカーの年間生産量)/(全塗料の年間生産量)

NCラッカーは塗布後30分程度で、乾燥塗膜になる。約1日経たないと乾かなかった油性塗料とは雲泥の差であり、画期的な塗料としてクローズアップされた。その理由は速乾性だけではなく、NCの塗料適性にある。
具体的に示す。

  1. (1)分子量の異なるNCが得やすく、いずれも有機溶剤に良く溶解すること。
  2. (2)油性ワニスの原料(表4-4参照)および、塗料用合成樹脂(油変性アルキド樹脂など)とも良く相容する。分子オーダーで混ざり合うから、配合技術でいろいろな物性を有するビヒクルを作り出せる。
  3. (3)いろいろな顔料に対して親和性があり、顔料分散性に優れる。
  4. (4)ポリマー主鎖はセロビオース環からなり、耐候性(耐水性、耐光性など)に優れるため、屋外、屋内用途塗料にすることができる。ベンゼン環の連鎖からなる漆膜は紫外線劣化が激しいから、屋外用途には適さない。

以上のNCのメリットを生かして、木工用、金属用、皮革用塗料が開発された。これら塗料のビヒクル組成例を表4-6に示す。2)
各用途によって塗膜に要求される性能は異なるが、NCの分子量と混合する樹脂や可塑剤の選択で、いろいろな用途に適するNCラッカーが各塗料メーカーから上市された。その特徴を示す。

木工用ラッカーには木材素地を傷付けないように硬い塗膜が要求されるから、NCの分子量を上げ、硬質樹脂が配合される。
金属用にはたわみ性と膜厚付与性が必要であるから、NCの分子量を下げ、不乾性油で変性した短油性アルキド樹脂(油の割合少)と可塑剤が配合され、塗装時の固形分を大きくする。
最後に、皮革用であるが、この塗膜に要求される性能は厳しい。高速変形にも、低速変形にも耐えないといけないから、塗膜のTgを広範囲に分布させる配合設計が必要となる。高分子量のNCと可塑性樹脂、ひまし油や樟脳などを配合する。配合する時にはNCも溶液でいて欲しい。
前回の4-9に示したようにNCはIPAでWetされており、先ず希釈剤で膨潤させた後に、真溶剤を加えNCドープと呼ぶ溶液に調製する。表4-6に示すNCの秒数はNCドープの落球粘度の値であり、秒数の増大と共に高分子量になる。

表4-6 各種ニトロセルロースラッカーのビヒクル組成例2)

表4-6塗料の特徴

NCラッカーの品揃えが進む背景にはエアスプレーガンの寄与が大きい。1925年当時には、速乾性塗料を何とか上手く塗ろうとラッカー専用刷毛を開発したり、塗り方も一刷毛で仕上がるように変えた。
さらには、第3章6回に示すような浸せき塗りやしごき塗りも開発されたが、ラッカー時代の立役者は、エアスプレーガンである。
日本にも霧吹きはあったが、エアスプレーガンはアメリカで発明された。NCラッカーを車に吹付けるためである。

3.エアスプレーガンの誕生15)と工業塗装の開始

アネスト岩田株式会社の80年史(2015年11月発行)によると、1926年に米国からスプレーガンが日本に持ち込まれた。持ち込んだ方は邦人で、近い将来、日本にも車の補修塗装が必要になるだろうから、早く国内生産をしたかった。
当時、兄弟2人で機械加工業をやっていた岩田製作所に、輸入ガンを持ち込み、同じものを作ってくれと依頼した。岩田兄弟は塗料を吸い上げる機構も知らず、コンプレッサもない中で、試行錯誤をしながら作り上げたようである。国産第1号のスプレーガンを図4-18に示す。
ガンの成功と同時に、エアコンプレッサの国産化、エアトランスホーマの製造など、吹付け塗装に必要なさまざまな機器類をラインナップに加えて行き、1930年に塗装機器の専門工場と店舗が恵比寿に出来た。これが現代のアネスト岩田株式会社の原点である。

図4-18 国産第1号のスプレーガン
図4-18 国産第1号のスプレーガン15)

合成樹脂塗料時代の幕開けは表4-5に示すように、アミノアルキド樹脂焼付け塗料が上市された1948年と見なせる。焼付け塗料の採用で、工場でのライン塗装が一気に拡大し、工業塗装と呼ばれるようになった。自動エアスプレーと静電スプレーも1950年頃に開始されている。
塗装環境ができたお陰で塗料生産量の増加は目を見張るものであった。1948年に日本塗料工業会が出来、データが蓄積された。
1930‐1980年代のラッカーの年間生産量データーを調査し、ご提供して頂いた元職業能力開発総合大学校の武井昇先生へ心より感謝致します。
1950年に8.4万t(トン)だった塗料生産量は、1970年には100万tを超え、1990年には220万tのピークに達した。1950年から1990年代であらゆる種類の合成樹脂塗料が開発された。
次回からは、合成樹脂塗料時代の概要を説明する。

執筆: 元川上塗料株式会社 社外取締役 坪田 実

〔引用・参考文献〕*4章通し番号
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会,p.15, p.18, p.126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm 茶の湯の森 (nakada-net.jp) で検索してください。平成の玉虫厨子は茶の湯の森 美術館にて常時公開しています。
8)墨運堂のWEBサイトhttps://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データより引用
12)坪田実、高橋保、長沼桂、上原孝夫:塗装工学, Vol.36, No.6, 213-222 (2001)
13)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.91 (2008)
14) 坪田実:塗装技術、理工出版社、2011年4月号、p128-134 (2011)
15) アネスト岩田株式会社80年史(2005)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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