工具の通販モノタロウ 塗料 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 (その7) 4-9ラッカー時代(その1 木綿と硝化綿)

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-9 ラッカー時代(その1 木綿と硝化綿)

4-7において、日本における塗料の変遷をA~Gのようであると示したが、ココで大きな忘れ物をしてしまった。それは硝化綿ラッカー(以降、NCラッカー)で代表される繊維素系塗料の存在をすっかり見落としたことである。今回は、硝化綿の登場とラッカー時代到来の経緯を解説する。

1.木綿(セルロース)と硝化綿(ニトロセルロース)

木綿(セルロース)は天然に産するポリマーであり、植栽可能な塗料用樹脂である。
セルロース分子は図4-16に示す構造式のように、セロビオース環がエーテル結合で連結されており、エーテル結合のO中心にして、剛直分子が回転できるため、たわみ性が大きい。さらに、分子内には-OHが豊富であるから、水素結合が作用して分子間力が大きい。衣類に使用する木綿には重合度が1,000(分子量162,000)以上必要であり、紙の原料となるパルプの重合度は約750である。

図4-16 セルロースとニトロセルロース
図4-16 セルロースとニトロセルロース

このセルロースを濃硫酸と濃硝酸の混合液に浸漬させると、図4-16に示すように、分子中の-OHが硝酸エステルになり、有機溶剤に溶けるポリマーになる。これらをニトロセルロース(NC)と呼ぶ。
セロビオース環1モルに-OHが3モル付いており、3モルを完全にニトロ化(硝酸エステル化)したNCは爆薬になる。平均して2モルの-OHをニトロ化したNCが、塗料用またはセルロイド用として用いられ、パイロキシリンと呼ばれる。
欧米におけるNCの開発は19世紀中頃であるが、この頃の日本は黒船来航でやっとボイル油をベースとする油性塗料がスタートしたばかりである。

セルロースは結晶性ポリマーで、凝集力が強く、有機溶剤(VOC)には溶解しないが、NCは有機溶剤に可溶で、セルロースの広範囲な分子量をNCに反映させることができる。
NCは火薬になる位の危険物であるから、上市時にはIPA(イソプロピルアルコール)でWetされた状態(全重量の30wt%がIPA)で取引される。大小の化学メーカーがNCを供給し、硝化綿工業会なる公的団体もできた。油性と全く異なる乾燥性と塗膜性能を有することから、多くの分野で需要が伸びた。
特筆すべきは羽布用塗料として航空機の羽根に塗られたことである。現在ならば、風力発電用風車の羽根に塗られたようなインパクト感がある。乾燥が速く、乾いたら大きな収縮力を発生するから和紙製の航空機の羽根がピーンと張られることになる。
高性能であっても、VOCの多い塗料は淘汰され、現在では、NCを供給する国内メーカーは無く、台湾から購入していると聞く。

執筆: 元川上塗料株式会社 社外取締役 坪田 実

〔引用・参考文献〕*4章通し番号
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会,p.126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm 茶の湯の森 (nakada-net.jp) で検索してください。平成の玉虫厨子は茶の湯の森 美術館にて常時公開しています。
8)墨運堂のWEBサイトhttps://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データより引用
12)坪田実、高橋保、長沼桂、上原孝夫:塗装工学, Vol.36, No.6, 213-222 (2001)
13)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.91 (2008)
14) 坪田実:塗装技術、理工出版社、2011年4月号、p128-134 (2011)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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