機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

7-2 表面焼入れの種類と適用

表面焼入れとは、鋼の変態点以上(オーステナイト領域)まで急速に加熱し、内部温度が上昇する前に急速に冷却して表面だけ硬化させるものです。表面焼入法は表1に示すように、炎焼入れ、高周波焼入れ、電子ビーム焼入れおよびレーザ焼入れの4種類があります。これらは加熱・冷却操作が異なるだけで、同一鋼種であれば得られる表面組織や表面硬さはほぼ同じです。

表1 表面焼入れの種類

種類 主な内容
炎焼入れ 加熱 燃焼炎による加熱
熱源 アセチレンガス+酸素など
冷却 水または水溶性冷却剤
高周波焼入れ 加熱 高周波による誘導加熱
熱源 1~500 kHz
冷却 水または水溶性冷却剤
電子ビーム焼入れ 加熱 電子ビームによる加熱
熱源 真空
冷却 冷却剤不要(自己冷却)
レーザ焼入れ 加熱 レーザ光による加熱
熱源 CO2レーザ、YAGレーザ
冷却 冷却剤不要(自己冷却)

その中でも、高周波焼入れは最も多く利用されている表面硬化法で、主にS45CやSCM435など機械構造用鋼を対象としてシャフトや歯車などに適用されています。高周波コイルによって鋼表面を急速加熱して焼入硬化させるもので、一般には1~500kHzの広範囲の周波数が用いられています。加熱は高周波振動によって表面付近に流れる渦電流によって行なわれますが、その電流は周波数が高いほど表層を流れます。そのため、硬化層深さを浅くしたい場合や対象物が小物の場合には高い周波数が、また内部まで硬化させたい場合には低い周波数が用いられています。

焼入法には、処理物をまったく移動しないで加熱と冷却を行う定置一発焼入法、処理物を移動しながら、加熱と冷却を順次行う移動焼入法があります。一例として、図1に縦型移動焼入法を示します。処理物は回転しながら連続的に急速加熱され、その加熱した箇所を追いかけるように冷却剤によって急冷します。これは、シャフト類によく利用されている方法で、横向きで処理される横型移動焼入れも行われています。

図1 縦型移動式焼入法の概略と各領域の金属組織

図1 縦型移動式焼入法の概略と各領域の金属組織

金属組織は通常の焼入れと同様で、図2に示すように、焼入硬化層はマルテンサイトです。ただし、急速短時間加熱ですから、通常の焼入組織よりも微細なマルテンサイトが得られます。表面焼入れしたままでは使用中の破損や後研磨時の研磨割れを生じやすいため、通常は焼入れ後に低温焼戻し(200℃以下)を行います。

図2 高周波焼入れしたS35Cの顕微鏡組織

図2 高周波焼入れしたS35Cの顕微鏡組織

高周波焼入れしたS45Cの硬さ推移曲線を図3に示すように、焼入硬化層深さには有効硬化層深さと全硬化層深さとがあり、これらの測定方法はJIS G 0559において炎焼入れと高周波焼入れについて規定しています。測定方法にはマクロ組織試験法と硬さ試験法とがあり、通常は硬さ試験法が適用されています。有効硬化層深さとは、とくに指定がない場合は硬化層の表面から限界硬さの位置までの距離のことをいいます。この限界硬さは、測定対象鋼の炭素含有量(規格の中央値)によって決められています。ちなみに、図3に示すように、S45Cの有効硬化層の限界硬さ値は450HVです。全硬化層深さとは、硬化層の表面から硬化層と生地の物理的(硬さ)または化学的性質(顕微鏡組織)の差異が区別できない位置までの距離をいいます。

図3 高周波焼入れしたS45Cの硬さ推移

図3 高周波焼入れしたS45Cの硬さ推移

表面焼入れの最大の特徴は、被処理物は耐摩耗性(表面)とじん性(内部)を兼ね備えていることです。しかも、焼入硬化層には高い圧縮残留応力が存在しますから、同時に耐疲労性も優れています。表面焼入れの利点および欠点を以下に示します。

  • 〔利点〕
  • 被処理物は耐摩耗性(表面)とじん性(内部)を兼ね備えている。
  • 焼入硬化層には大きな圧縮残留応力が存在するため被処理物は耐疲労性が優れている。
  • 処理にともなう焼入変形や寸法変化が小さい。
  • 短時間処理である。
  • 処理物が質量効果の大きい鋼種でも、大型部品の焼入硬化が容易である。
  • 部分焼入れが比較的容易である。
  • 〔欠点〕
  • 正確な温度測定ができないため、経験的な要素が必要である。
  • 通常の焼入れよりも炭素の固溶が不十分なため焼戻温度が高くなると軟化しやすい。
  • 焼入温度は通常焼入れ時よりも50~100℃位高めにしないと十分な硬さが得られない。
  • 焼入硬化の程度は処理物に含有している炭化物の種類や大きさに左右される。
  • 突起部や鋭角的な角などエッジ箇所は加熱が過剰になりやすい。
執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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