機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

3-5 硬さと機械的性質の関係

前項までに記述したように、機械構造用鋼の硬さや機械的性質は焼戻温度に依存していることが明らかです。すなわち、機械的性質と硬さは密接な関係があると思われるので、材質や熱処理条件に関係なく、引張試験およびねじり試験で得られたすべての値を硬さでまとめました。

図1 機械構造用鋼の焼戻硬さと機械的性質の関係

図1 機械構造用鋼の焼戻硬さと機械的性質の関係

1.硬さと引張強さおよびねじり強さとの関係

図1に示すように、引張試験およびねじり試験によって得られた値と、硬さはほぼ直線関係を示します。なお、図中の記号において、白抜き記号はA1変態点とA3変態点の中間の温度から焼入れしたもので、焼入組織はマルテンサイトとフェライト、焼戻し後の金属組織はソルバイトとフェライトの二相組織です。また、黒の塗りつぶし記号はA3変態点以上の温度から焼入れしたもので、焼入れ時はマルテンサイト、焼戻し後はソルバイト単相を呈していたものです。また、測定した鋼種はS48CとSCM435ですが、図中ではこれらの記号による区別は行っていません。

この図から明らかなように、引張強さ、降伏点、せん断強さ、伸びおよび絞り、すべての値に関しては、鋼種や熱処理条件よりは硬さが支配していることが分かります。このことから、熱処理を外注する際でも、必要な機械的性質に応じた硬さを指定すればよいことになります。ただし、ここで使用しているすべての試験片は、表面から中心部まで均一な硬さを有しており、重大な材料欠陥(非金属介在物や空孔の存在など)や異常な熱処理条件のものは含みません。この点は実製品を取り扱う場合には留意すべきことです。

2.硬さとじん性の関係

前述のように、引張試験やねじり試験は、静的な機械試験であり、得られる値は硬さによって推定することができます。しかし、硬さは同じであっても、衝撃値は熱処理条件だけでなく、合金元素の種類や量、結晶粒度などにも大きな影響を受けますから、硬さのみによる推定は不可であり、危険です。

図2  機械構造用鋼の焼戻硬さと衝撃値の関係

図2  機械構造用鋼の焼戻硬さと衝撃値の関係

図2に、S48CおよびSCM435の焼入れ焼戻し後の硬さと衝撃値の関係を示します。SCM435については、フェライトが残存しているもの(760℃から焼入れ)と通常の焼入条件のもの(850℃から焼入れ)も比較しており、全般的に前者のほうが若干高い値が得られていますが、フェライトの残存効果は明らかではありません。ただし、同一鋼種であれば、硬さが高いほど衝撃値は急激に低下しており、所定の引張強さやねじり強さを得る場合と同様に、硬さは重要な要素であることが分かります。

衝撃強さにおいて最も重要なことは、鋼種間に大きな差異を生じることです。本図からも明らかなように、同一硬さであっても、S48CとSCM435の間には大きな差が認められ、しかもその差は硬さが低いものほど大きくなる傾向を呈しています。例えば、硬さが30HRCのとき、S48Cのシャルピー衝撃値は約140J/cm2ですが、SCM435では約220 J/cm2もあり、鋼種間の差は歴然としています。このことから、同じ強度区分の製品であっても、じん性を強く要求される場合には、この両者間ではSCM435を選定すべきであり、機械構造用合金鋼が圧倒的に優位であることが明らかです。

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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