化学製品・高分子製品の基礎講座
3-6 印刷用化学品の特徴と分類
ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。羅針盤は大航海時代を拓き、火薬は鉄砲、大砲を生み出して中央集権国家への道をつくりました。そして紙と印刷は文化の普及に貢献し、社会変革のスピードを著しく大きくしました。 印刷用化学品としては印刷インクが長らくその王座を保ってきました。紙ばかりでなく、金属にも、プラスチックなど様々な材料に印刷の対象を広げてきました。しかし、近年、印刷技術の発展は著しく、従来のような版をつくらない印刷(複写・コピーやレーザープリンタ、インクジェット)も増え、 また、プリント配線板や液晶ディスプレー用カラーフィルタの製作にまで、幅広く印刷技術が使われています。これに対応して、印刷用化学品は従来の印刷インク以外にも新製品が次々と現れ、大きく様変わりしました。印刷のための製版では約500年以上にわたって中核を占めてきた活版に代って、 現在ではPS版(平版)が多く使われるようになりました。またコピー機やパソコン・プリンターの普及によって、トナー、インクカートリッジは一般消費者も使う重要な印刷用化学品になりました。 印刷技術と印刷用化学品は約500年経った現在でも、社会変革のキーテクノロジーとなっています。このような様々な印刷用化学品のうち、印刷インク、インクジェットプリンター用インク、トナーについて説明します。
- 主要な印刷用化学品
- 印刷用インク
- インクジェットプリンター用インク
- トナー
従来からの印刷技術には凸版(活版、フレキソ印刷)、凹版(グラビア印刷)、平版(オフセット印刷)、孔版(謄写版、プリントごっこなど)があります。これに使われる印刷インクは、ローラー→版→(ローラー)→紙と順に転写されていきます。印刷インクは次の図のように大きく3つの成分からなります。 印刷物に色を再現する色料(顔料)、高分子を溶剤に溶かし、印刷後に色料を被印刷物に固着させるビヒクル(展色料、ワニス)、さらに印刷インクの流動性や乾燥性を調節したり、印刷の紙への裏抜けを防止したりする補助剤です。ビヒクルは色料を乗せていくという発想から乗り物(vehicle:ビヒクル)と呼ばれています。 色料に使われる顔料は、有機顔料や無機顔料が使われます。ビヒクルに使われる高分子はロジン変性フェノール樹脂、アルキド樹脂などが使われ、油脂としては酸化重合する乾性油(亜麻仁油など)、半乾性油(大豆油など)、溶剤としては炭化水素類、アルコール類などが使われます。紙への印刷の場合、 コールドセットインクと呼ばれる紙に浸透して乾燥するインクが使われてきました。その後、熱乾燥装置を通して乾燥させるヒートセットインクも生まれました。ヒートセットインクは印刷光沢に優れ、また紙だけでなく、プラスチックや金属への印刷も可能となります。 このような紙以外への印刷インクとしては、UVインク(紫外線硬化型)、IRインク(赤外線乾燥型)、EBインク(電子線硬化型)など感光性高分子を使ったインクもあります。感光性高分子は、PS版やフレキソ製版、また半導体・LSI用レジストなど、近年、多くの印刷技術に活用されています。
印刷用インク | 色料 | 有機顔料 |
無機顔料 | ||
ビヒクル(展色料、ワニス) | 高分子 | |
油脂 | ||
溶剤 | ||
補助剤 | 滑剤 | |
硬化剤 | ||
ドライヤー |
印刷インキ工業連合会では、食品包装材料用印刷インクが食品衛生法の趣旨に沿うように自主規制基準(NL規制)を2006年から実施し、これに適合した製品にNLマークの表示を認めています。 また、環境配慮への対応を進めるため、再生可能な植物油からつくられた印刷インクであることを示す植物油インキマークの表示制度を2009年から始め、現在ではオフセットインク、新聞用インクでは約95%がこれに適合するようになりました。 このため、2015年からインキグリーンマークを開始しました。これは印刷インク中のバイオマス割合によって3段階の基準をつくり、マークの星の数によってバイオマス割合が分かるようにして消費者の選択の参考にするものです。
- NLマーク
包装内容食品の衛生的安全性保持のため、印刷インキ材料として使用を避けるべきものの配合を禁止した自主規制に適合する
- インキグリーンマーク
オフセット・新聞インキに関し、インキ中のバイオマス割合を主たる環境配慮の指標として、その度合いを考慮して3段階の認定基準に応じて★が1~3に
- 植物油インキマーク(ベジタブルマーク)
再生可能な植物油(大豆油、亜麻仁油、パーム油等)とそれら植物油の廃食用油からの再生油でつくられたインキ
インクジェットプリンター用インクは、従来の印刷インクとはまったく異なります。インクジェットプリンターは、微細なインク滴を飛ばして被印刷物にインクを付着させます。ノズルでインクが乾燥して目詰まりして印刷不良を起こすことが大きな問題点でしたが、最近は改良されてきました。 OA用や家庭用のインクジェットプリンターでは、もっぱら染料を使った水性インクが使われています。臭いのある有機溶剤などを使わないためです。染料を使ったインクは発色がよく、透明性の高い印刷物が得られます。現在では専用光沢紙に写真を印刷した場合には銀塩写真と遜色ないレベルに達しています。 耐候性が低い点が大きな欠点でしたが、染料の改良が進んで数十年レベルの耐候性を持つ製品が生まれています。 耐候性に優れた顔料を分散させた水性インクもありますが、印刷画像がくすんだものになりやすい欠点があります。水性インクの設計は水(60~90%)、色材、保湿剤(グリセリン、エチレングリコール類)が主成分で、これに浸透剤(ノニオン界面活性剤、アルコール類)、pH調整剤、防腐剤などが少量加わります。
産業用のインクジェットプリンターでも水性インクが主流でしたが、油性染料や顔料を使った油性インクも使われるようになってきました。産業用のインクジェットプリンターの用途は、容器包装や電気電子部品などに製造年月日、ロット番号、消費期限、バーコードなどの識別情報を印刷することが中心です。
トナーはレーザープリンターやコピー機に使用される着色した粉です。レーザープリンターやコピー機は帯電させた感光体ドラムに画像を描いたり、写したりします。これにトナーを振りかけると、画像部のみにトナーが付着し、これを用紙に転写した後、ロールの熱と圧力によってトナーを用紙に定着させて、印字またはコピーを完成させます。 トナーには着色、帯電、加熱による溶融定着の機能が要求されるので、次の図のように顔料、トナーバインダー、ワックス、荷電制御剤から構成されます。トナーバインダーとしては、スチレン・アクリル酸エステルコポリマーや、ポリエステルが使われています。
トナー | 顔料 | |
トナーバインダー | スチレン/アクリル系/ポリエステル系 | |
ワックス | ||
荷電制御剤 |
『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
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1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
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1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
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1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
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1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
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1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
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1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
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1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
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2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
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2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
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2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
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2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
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2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
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3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
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3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
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3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
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3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
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3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
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3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
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3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
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3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
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3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
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3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
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4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
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4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
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4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
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4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
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4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
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4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
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4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
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4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
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4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
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5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
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5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
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5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
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5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
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5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
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5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
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5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
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5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
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5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
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5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
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5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
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5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。