化学製品・高分子製品の基礎講座
1-3 酸とアルカリ
酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。しかし、酸とアルカリの考え方は奥が深く、化学製品を理解するための基本のひとつなのです。
理科で習う代表的な酸は塩酸であり、代表的なアルカリは水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)でした。リトマス試験紙を赤くする塩酸は酸っぱい味がします。リトマス試験紙を青くする水酸化ナトリウムの水溶液(もちろん薄めて)は苦い味がします。 この両方を混合して、リトマス試験紙の色がかわらない状態にまで加える量を調節した後、水を蒸発させて残った白い粒を恐る恐るなめてみると食塩の味がしました。小学校の理科の実験でもっとも記憶に残っている驚きの味でした。 酸とアルカリが、お互いに相手の性質を打ち消し合って(中和)、まったく新しい物質である塩(えん)を生成することを実感しました。 私のような年代(1950年代の小学生)では、酸とは水溶液中で水素イオンH+を与える物質であり、アルカリとは水酸化物イオンOH-を与える物質と単純に習いました。このような定義はアレーニウス説と呼ばれています。

図1
現在ではアルカリは塩基と呼ばれるようになり、塩基とは酸と中和して塩(えん)を生じる物質と教えられています。もっとわかりやすく言えば、水溶液とは無関係に、酸とは水素イオンを与えることができる物質、塩基とは水素イオンを受け取ることができる物質と定義されます。 これはブレーンステッド・ローリー説と呼ばれています。 塩化水素ガスとアンモニアガスを混合すると、塩化アンモニウムの白い粉が生成します。これは気体中の反応であり、アンモニアガスには水酸化物イオンは含まれていませんが、塩化水素ガス(この水溶液が塩酸)を中和して塩(えん)を生じているのでアンモニアは塩基です。 アレーニウス説に比べると酸・塩基の定義が拡張されています。

図2
高校までの化学ではこれ以上は習わないと思いますが、酸・塩基の定義はさらに拡張されます。ルイス説です。酸とは電子対を受け取る物質であり、塩基とは電子対を与える物質と定義します。 水素イオンは電子対を受け取る物質なのでルイス酸に含まれますが、塩化アルミニウムや三フッ化ホウ素のような水素イオンを持たないけれども、電子対を受け取る性質を持つ物質にまでルイス酸は拡張できます。一方、非共有電子対を持つ物質(アンモニア、アルコール、エーテル)は電子対を与える性質を持つのでルイス塩基になります。 このように定義を拡張していくと、多くの物質が酸または塩基の性質を持つことがわかります。もちろん、すべての物質が酸か塩基のいずれかに属する訳ではありません。どちらにも属さない物質もたくさん存在します。 しかし、電子対のやり取りという考え方は、化学反応や触媒を設計する際に重要であり、化学工業ではたくさん活用されています。

図3
酸・塩基のお話は、これだけに止まりません。酸、塩基には硫酸、塩酸、水酸化ナトリウムのような強い酸、塩基ばかりでなく、弱い酸、アルカリもあります。水に溶かした時に電離する度合い(電離度)が大きい酸、アルカリは強く、電離度が小さい酸、アルカリは弱くなります。 通常、強い酸と強いアルカリからつくられる塩は中性になります。これに対して、強い酸と弱いアルカリからつくられた塩は酸性、弱い酸と強いアルカリからつくられた塩はアルカリ性を示します。たとえば油脂に水酸化ナトリウムを反応させてできる石けんは、高級脂肪酸(たとえばステアリン酸、オレイン酸)のナトリウム塩です。 高級脂肪酸は、酢酸(お酢の酸っぱさ)、クエン酸(みかん類の酸っぱさ)などとおなじようにカルボン酸という弱い酸のグループに属します。 一方、水酸化ナトリウムは代表的な強い塩基です。したがって石けんはアルカリ性を示します。これに対して、衣料用合成洗剤の代表的な主成分に直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ソーダ(LAS)があります。スルホン酸は硫酸と同様に強い酸なのでLASは中性になります。
石けんやLASのように水に溶けたときに、界面活性作用を示す部分(たとえば石けんならば高級脂肪酸由来の部分)がマイナスイオンを持つものをアニオン界面活性剤と呼びます。 一方、繊維の柔軟剤や髪を洗う時に使うリンス剤として、油脂などを原料とした高級脂肪族4級アンモニウム塩があります。これは高級脂肪族4級アンモニウムという強いアルカリを塩酸で中和した形の塩です。このような界面活性を示す部分がプラスイオンを示すものをカチオン界面活性剤と言います。

図4
当然のことながら、アニオン界面活性剤とカチオン界面活性剤を混合すると界面活性を示す長い分子鎖部分同士が酸とアルカリとして結合し、期待した性能(洗浄作用、柔軟作用)を発揮できなくなります。しかしリンス剤入りのシャンプーという化学製品があります。 これは、洗浄作用のあるノニオン(非イオン)界面活性剤と柔軟作用のあるカチオン界面活性剤を混合しているのです。ノニオン界面活性剤は、非共有電子対をたくさん持った物質です。水に溶けてもリトマス試験紙を変色させませんが、ルイス塩基に該当します。

図5
紙数の都合上、これ以上は詳しく述べませんが、酸・アルカリの考え方は上記の界面活性剤の例にみるように電離という考え方につながり、さらに電離まで行かなくても分子内での電子の偏りという考え方に拡張されて化学反応の設計ばかりでなく、化学製品の設計にも活用されています。 たとえばポリエチレンやポリプロピレンのように電子の偏りが小さな材料に接着剤や塗料を塗ることは難しいのです。しかし、これらの材料は包装袋とした大量に使われており、表面に印刷をする必要があります。そのために、どのようなインキを設計するかは酸・アルカリから拡張された考え方を応用しています。
『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
-
1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
-
1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
-
1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
-
1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
-
1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
-
1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
-
1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
-
2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
-
2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
-
2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
-
2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
-
2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
-
3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
-
3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
-
3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
-
3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
-
3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
-
3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
-
3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
-
3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
-
3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
-
3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
-
4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
-
4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
-
4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
-
4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
-
4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
-
4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
-
4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
-
4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
-
4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
-
5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
-
5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
-
5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
-
5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
-
5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
-
5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
-
5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
-
5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
-
5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
-
5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
-
5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
-
5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
-
5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
-
5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。