溶接の基礎講座
本連載では「溶接」について、金属が接合するメカニズムから溶接の種類、また溶接の仕方まで、現場で使える知識をご紹介していきます。
2-9 半自動アーク溶接の設定条件
半自動アーク溶接における溶接条件の設定は、一般的な溶接条件表を頼るような方法は余り推奨できません。むしろ、以下のような、「溶接の基本的な目的、実際の作業状態」に従って求めましょう。
溶接の基本的な目的は、(1)必要な溶け込みを得ること、(2)必要な強度を得るための肉(溶着金属)をつけること、です。この中で、(1)の溶け込み深さに関しては、1mm溶接長さ当りに投入される熱量を同じに設定したとしても溶け込み深さは大電流・高速度条件の方が深くなり、一定に取り扱うことができません。一方、(2)の溶着金属量の場合は、図9-1のように、溶接しようとする継手で必要な肉の量で決まり、変化するものではありません。したがって、溶接条件は、この「継手に必要な肉の量」で求められるのです。

図9-1 継手の溶接に必要なVw
半自動アーク溶接では、一定の電流条件で溶けるワイヤの量が一定です。そこで、例えば100Aの電流条件で1分間に溶けるワイヤの量を求め、この量を溶接速度で割ると1mm溶接長さ当りの各溶接速度でのワイヤ送給量(Vw)が求められます。 この関係を、1.2mm径の軟鋼ソリッドワイヤによる炭酸ガス半自動溶接について、いろいろの電流条件で求め図示したものが図9-2です(この図を、一元化条件設定グラフと呼んでいます)。

図9-2 炭酸ガス半自動アーク溶接の一元化条件設定グラフ
では、この一元化条件設定グラフを利用した条件設定法を具体的に示しましょう。
1.継手の溶接に必要なVwは、図9-1で示した継手の断面積に1mmの溶接長さを掛けた体積量で容易に求まります(例えば、(a)のI形突合せ継手では、基本的にルート部の空隙を埋め、これに余盛り分を加えたSの量の溶着金属が充填されれば目的の溶接は達せられます)。
2.図9-2の一元化条件設定グラフ縦軸に(1)で求めた継手に必要なVwに該当する点の線上条件(例えばSが10 mm3/mmであれば図9-3の(a)、(b)、(c)条件 )が求める電流、速度条件となります。
3.求めた条件の中で例えば、(a)点のやや遅い毎分20㎝、100Aでトライアル溶接を行います。その結果、目的の溶接が行えたとしても、溶け込み的にやや不足しているようであれば、溶け込みの良くなる高電流・高速度の(b)もしくは(c)の条件に補正します。 このように、一元化条件設定グラフを利用すれば、ほぼ1回のトライアル溶接で適正な電流、速度条件が見出せるようになります。

図9-3 一元化条件設定グラフによる条件設定
図9-4が、一元化条件設定法を、板厚2.3、3.2、4.5mm軟鋼板のI形突合せ片面溶接といった極めて難しい溶接に適用した場合の溶接結果です。 図のように、各板厚の継手に必要な溶着金属量(継手の空隙量に余盛り量を加えた1mm溶接長さあたりの体積量)から求められる理論条件を示す1点鎖線上の条件は、いずれの条件の場合も良好な溶接結果が得られています(例えば、板厚3.2mmの場合、Vw7mm3/mmの理論条件に相当する毎分30cmの時には100A程度、50cmの時が130A程度、75cmの時が170A程度で良好な溶接結果が得られています)。 このように一元化条件設定グラフを利用することで、おおむね満足できる溶接結果の得られる溶接条件が簡単に求められるのです。

図9-4 一元化条件設定グラフによる条件設定
MIGや炭酸ガスの半自動溶接では、作業開始に先立ち電流とともに電圧条件を設定します。これは、設定した電圧によりアーク長さが変化し、ワイヤ溶融金属の移行形態が変わるためです(すなわち、電圧を低く設定するとアーク長さは短くなり、ワイヤ先端の溶融金属は母材プール金属と接触、全電流条件で短絡移行の溶接となります)。図9-5が設定した電圧条件と溶接結果の関係を概念的に示したもので、図の(a)のように過大電圧条件(長いアーク長さ)で溶接するとビード幅が広がり溶着金属が盛れず、平坦でアンダーカットを発生しやすいビードとなります。 逆に、(c)の過小電圧条件では、アークは広がらず短絡を発生することで、溶け込みの少ない盛り上がったビードとなります。

図9-5 高電流条件での電圧条件とビード形成の関係
そこで、現場的には、上図(b)のような適正な溶接状態を得るため、電圧条件は、実際にアークを出した溶接をする中で、次のような操作で求めます。
大電流溶接の場合、
1. 設定した電流条件で短絡の発生する低い電圧条件に設定しアークを発生させます。
2. 短絡移行のアークを発生させた状態で電圧を高めていくと、「パチ、パチ」あるいは「バチ、バチ」といった短絡を示す発生音が少なくなり、短絡音のなくなる電圧(臨界電圧と云います)に達します。
3. その臨界電圧を少し超える電圧から少しずつ電圧を下げ、少しの間隔を置いて「バチ、バチ」の短絡音となる条件が、推奨条件の目安となります。
また、小電流の短絡移行溶接の場合は、
1. 薄板や全姿勢の溶接の場合は、「バチ、バチ」の音が連続する短絡の多い条件に設定します。
2. 電流を高めて溶着金属量の多い溶接の場合は、「バチ、バチ」の短絡音が連続的ではなく、やや間をおいた短絡発生の少なくなる条件に設定します。
『溶接の基礎講座』の目次
第1章 溶接の基礎
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1-1接合方法の種類についてものづくりにおける組み立て手段としての接合方法には、締結部品であるボルトやリベットなどを利用して接合される機械的接合法、溶接やろう付けなどの金属材料の持つ特性を利用して接合する冶金的接合法、そして各種接着剤を利用する接着剤接合法があります。
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1-2金属材料の成り立ちと特性溶接は、2つの金属を加熱して溶かし、その後冷却して固めることで2つの材料を接合、一つの部材にします。
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1-3溶接の接合メカニズム金属を加熱すると、材料は熱膨張で長くなります。
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1-4ひずみが発生する原因とひずみ取り溶接組み立て品の寸法精度不良は、溶接によって発生する変形(溶接ひずみ)や溶接時のセッティング不良などが原因となります。
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1-5ひずみ対策と製品の高精度化溶接によるひずみの発生は、材料や製品形状、部材としての加工状態などによって個々に違います。
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1-6溶接作業における安全対策ガスやアークなど高温の熱源を使用し、金属が溶ける温度状態で切断や溶接の作業を行う場合の共通的な安全上の問題として、①高温の熱源から放出される赤外線や紫外線による目や皮膚の障害
第2章 溶接方法と溶接材料
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2-1ガス溶接とガス切断ボンベに充てんされたプロパンやアセチレンなどの可燃性ガスと酸素を混合して燃焼させ、得られる高温のガス炎は、金属を溶かして接合、溶断(金属を溶かして切断することから溶断と呼びます)するのに利用されます。
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2-2溶接用熱源としてのアークについて一般に最も広く利用されている溶接の熱源が、「アーク」です。アークは、その形状や電流、電圧条件を変化させることで、目的の溶接に見合った熱源に容易に制御できます。こうしたことから、アークは、幅広い材料や製品の溶接に利用されるのです。
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2-3TIG溶接と溶接装置の設定作業ティグ(TIG)溶接は、融点の高いタングステン電極と母材との間にアークを発生させ、このアークで溶かした金属をアルゴンなどの不活性ガスで保護しながら溶接します。
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2-4TIG溶接トーチ、タングステン電極の設定TIG溶接における溶接トーチ、タングステン電極は、その取り扱いにより作業性や溶接品質が強く影響されます。したがって、その取り扱いや設定には、十分な注意と確認が必要です。
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2-5TIGパルス溶接についてTIG溶接は、溶接部の冶金的な特性や溶け込み特性の両面で高品質の溶接結果が得られやすく、近年、各種材料の溶接に広く利用されています。
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2-6TIG溶接における溶接棒の添加作業TIG溶接による開先内肉盛り溶接などでは、作業者は、熱源と切り離された溶接棒をプールに挿入して棒の先端部を溶融させ溶着金属を形成させます。
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2-7半自動アーク溶接とその溶接半自動アーク溶接は、0.4~1.6mmといった細い径のワイヤをモーターで自動的に送り出す溶接法の総称です。
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2-8半自動溶接でのシールドガス及び溶接ワイヤの選択ミグ(MIG)、マグ(MAG)溶接など細径ワイヤを自動的に送給しアークやプールをシールドガスで保護する半自動アーク溶接では、使用するワイヤとシールドガス、 溶接条件によってワイヤ先端に形成されるワイヤ溶融金属が母材プールに移行していく現象(以後、移行現象と呼びます)などが変化し、使用できる作業も変化します。
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2-9半自動アーク溶接の設定条件半自動アーク溶接における溶接条件の設定は、一般的な溶接条件表を頼るような方法は余り推奨できません。
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2-10半自動アーク溶接でのトーチ保持角の設定半自動アーク溶接では、設定した電圧(アーク長さ)条件はほぼ一定に保たれます。
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2-11各種姿勢での半自動アーク溶接作業電極材料であるワイヤの溶ける量が多い半自動アーク溶接では、溶接姿勢によりプールの溶融金属の挙動が変化するため、姿勢に合わせ溶接条件の設定やトーチ操作を適正に行う必要があります。
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2-12ステンレス鋼のミグ、マグ溶接についてステンレス鋼の半自動溶接では、ソリッドワイヤ使用のミグ溶接とフラックスワイヤ使用のマグ溶接が利用できます。
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2-13アルミニウムのミグ溶接についてアルミニウム材料の高能率溶接は、ミグ半自動アーク溶接で可能となります。この溶接で比較的利用範囲の広い、小~中電流条件の溶接作業では、パルス電流制御の利用が推奨されます。
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2-14ろう材の選択とトーチろう付け作業のポイントろう付け(ろう接)は、ハンダ付け作業で行うように母材となる銅線は溶かさず、この固体の銅線の間の隙間に低い温度で溶融するろう材(ハンダ)を液体状態にして流し込み接合する方法です。
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2-15トーチろう付け作業とアークろう付け作業人の作業状態がろう付け結果を左右する手動トーチろう付け作業では、(1)接合部の清浄及びフラックスの塗布、(2)接合部と周辺の均一加熱、(3)フラックスが溶融して活性状態となる適正ろう接温度で、ろう材添加、(4)接合面全体にろう材が均一に行きわたるための加熱操作、(5)適正ろう付け状態の確認と加熱の停止、ろう付け部の冷却、(6)残留フラックスの除去と接合部の清浄、の手順で作業を行います。
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2-16被覆アーク溶接の特徴と作業上の安全対策被覆アーク溶接は、母材材質に合わせた溶接棒を使用すれば、各種材料を手軽な装置で比較的高品質に溶接できることから、これまでの溶接作業の主力として広く利用されてきました。
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2-17被覆アーク溶接棒の選び方被覆アーク溶接では、電極となる溶接棒が溶けて母材に移行し、母材の溶融した金属とともに溶接金属を形成することから基本的には母材の成分に近い成分の溶接棒を選びます(例えば、母材が軟鋼であれば軟鋼用棒、ステンレス鋼の場合はステンレス鋼用棒、銅の場合は銅用棒を選びます)。
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2-18アークの発生と安定維持作業被覆アーク溶接では、遮光用ヘルメットなどで顔を覆った真っ暗やみの中での作業となり、しかも溶接開始時のアークを発生させるための溶接棒と母材面との接触で発する「バチィ」の音、 まぶしいアーク光で驚き、次の動作に移れなくなります
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2-19各姿勢での被覆アーク溶接作業被覆アーク溶接による各姿勢での溶接作業においては、プール溶融金属の挙動に加え溶融スラグの挙動を考慮した条件設定、熱源操作が必要となります。
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2-20直流被覆アーク溶接について最近の小型・軽量化が進められた被覆アーク溶接機では、従来機に比べ低電流条件での使用が難しく、適用できる作業範囲がせばまる、などの問題点が指摘