照明のことが分かる講座
5-6 光に関する脳の働き
最近、照明の脳に与える影響が注目されています。では照明と脳にはどんな関係があるのでしょうか。その前に脳についての概要を説明してみます。脳は私たちのあらゆる活動を司る大脳(脳全体の8割を占め、思考や記憶、想像力などの働きをする)と目や耳からの神経線維が集まって平行感覚や姿勢を調整する小脳、そして自律神経やホルモンを介して生命維持に寄与して、生体リズムを維持する間脳などがあります。
脳は光を媒体とした視覚情報によって人間活動の多くが支配されるため、日常生活で光のとり方がとても重要になります。つまり心に想ったり感じたりすることは網膜に映った像(光信号)を脳で知覚し、それをどう評価し行動に移すかの機能を司ります。
それとは別に目や体に光を浴びると体の中で様々な反応が起こります。そのもっとも顕著なのが生体リズムです。一日の自然光の変化に対して人は目覚め、生産活動に励み、そして休息、就寝といったリズムが体に刻み込まれています。これを概日リズム、またはサーカディアンリズムと言っています。自然光の変化は比較的規則的に推移していますが、雨や曇りの日が長く続いたり、日照時間が短かったりする冬季に体のリズムに狂いが生じ、体調を崩す人がいます。
つい100年ほど前までの長い人類の歴史で、人々の生活は自然光と共にありました。しかし1878年の白熱電球の発明をきっかけに急速に発達した電灯照明は私たちの生活を一変させます。それまで昼間は明るい戸外にいたのが、今は蛍光灯やLED器具で照明された室内にいます。室内の照明は安定した明るさがありますが、外光に比べ遥かに暗いです。逆に外が暗い夜に、室内が明るいため生産活動や娯楽などで人は遅くまで起きています。その結果、生体リズムが徐々に狂いはじめ、眠りの質が悪くなるなど電灯照明の発展が皮肉にも私たちの体に悪影響を与えることになっています。
概日リズムを整えるために必要なのが体内時計です。この時計は脳とその他の臓器などに内在しており、1日約24時間(24時間よりやや長い)の周期になっています。脳の体内時計(中枢時計とも言われる)は間脳の一部にある視床下部の視交叉上核に存在し、光に反応して自律神経を管理しています。自律神経には交感神経と副交感神経があり、自分の意志に関係なく体の機能をコントロールします。
私たちは日中の明るく白い光が目に入ると交感神経が働き活動的になります。そして少し赤みを帯びた光に変わる夕刻から、それまでの交感神経から休息を司る副交感神経にゆっくりとチェンジされます。事実、副交感神経を優位に働かせる睡眠ホルモンであるメラトニンが朝の目覚めから14~15時間後に出始めます。
情報化社会の中で私たちは仕事においても、また仕事から解放されている時でもスマホとかPC、TVなどのハードから目が離せません。この種の機器からはおもにLEDの白い光(ブルーライトを含む)が出ており、私たちはそれを近距離から直視しています。人間は本来昼行性の行動をする動物ため、夜にブルーライトを含む白い光を大量に浴びることは目を酷使するだけではなく、脳が昼間と勘違いしてメラトニンの分泌を抑制してしまいます。したがって快適な眠りが得られず、睡眠不足からいろいろな病気や事故のリスクを抱えることになります。
そこで就寝の1~2時間前(体温が下がり始める時間帯)はスマホやPCを見ないようにします。部屋の照明もできるだけ温かな光色である白熱灯、もしくはLED器具(ブルーライトの少ない電球色)で少し暗めの照明(JISの推奨値以下)にして、深夜は満月の明るさ以下の暗さの中で眠ることが奨められます。
逆に朝方はブルーライトを含めた白い光で目覚めるとよいでしょう。このような光を朝に浴びるとコルチゾールと言うホルモンが分泌され目覚めます。そのため窓からの朝の光で起床ができれば最適です。その際、太陽光を直視しないように朝の光と新鮮な空気を5分ほど体に取り入れると良いでしょう。(図1)

図1 生体リズムと光の概念図
もし寝室が方位や天候などによって十分な朝日を得ることができなければ、明るく白い光を照明で代用します。枕元が白い光で明るくなる目覚ましの照明器具も販売されています。
また寝室の主照明は朝と夜のことを考えて、一つの器具で電球色と白色または昼白色の光色の出せる調光調色可能なLED器具が奨められます。
従来、照明の役割は以下の3つのカテゴリーに集約されていました。
(1)安全・安心のため
(2)明視のため
(3)雰囲気のため
しかし、これからの照明は上記に加えて新たに「健康のため」を考慮した設計が求められるようになるに違いありません。
※参照「光の医学 ジェイコブ・リバーマン、飯村大助訳 平成8年 日本教文社」
「DVDで学ぶ人体―脳の不思議 2008年 竹内修二監修 西東社」
『照明のことが分かる講座』の目次
第1章 照明の基礎知識
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1-1光とは光には私たちの目に見える光と見えない光があります。太古の昔から人が見てきた光は太陽や星の光、そして火の光です。
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1-2照度のお話し照度とは光で照らされた場の明るさのことを言います。
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1-3光束と照度の関係一般照明用の白熱電球(普通電球とも呼ばれる)は40Wより60Wの方が明るいです。そのためW(ワット)数の高いほど「明るいランプ」と思われがちですが、例えば蛍光ランプの40Wは電球60WよりW数が低くとも数倍明るいです。 この例でもわかるようにW数は明るさを表す単位ではないのです。
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1-4照度の黄金比明るさ感は照度の高い低いだけではなく、照度対比によるところも大きいです。例えば写真1と写真2を見て下さい。
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1-5輝度とは街の明かりが届かない自然豊かな場所で、懐中電灯を夜空に向けて照らすと、まるでレーザービームのような一筋の光芒を見ることができます。
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1-6白色光源の色温度照明ではよく「白色光」と言う名称が使われます。太陽の光や青空光は白色光です。またキャンドルや白熱電球・蛍光ランプなどの人工光源も白色光を放ちます。
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1-7色温度を測定してみるとCIExy色度図(以下xy色度図)はCIE(国際照明委員会)によって承認された光色の表し方です。照明関係者だけでなく色彩の勉強をされている方にもおなじみの図表です。
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1-8演色性とはお店で見た肉や魚の赤身がおいしそうに見えたのに家で見たら少し違って見えた、という経験をされた方は少なくないと思います。
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1-9配光と配光分類一般照明用白熱電球(以下、普通電球)を点灯するとフィラメントを中心に四方八方へ360度にわたって光の放射していく様子がイメージできます。
第2章 光源の種類と特徴
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2-1白熱電球、その進化白熱電球は1878年アメリカのトーマス・エジソンによって発明された、と言われています。
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2-2豊かな種類を誇る白熱電球白熱電球を用途別に分類すると前回紹介したように一般照明用、投光照明用、装飾照明用に大別されます。
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2-3蛍光ランプ、その進化とプロセスいままで家庭やオフィス照明などで欠かせない 蛍光ランプ(熱陰極蛍光ランプ)は1935年アメリカの大手電気メーカであるGE(ゼネラルエレクトロニクス社)のインマンによって発明されました。
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2-4蛍光ランプの種類蛍光ランプを形状別に分類すると、おもに直管形、環形(丸形)、小型変形があります。
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2-5HIDランプの種類と性能HIDランプは高輝度放電ランプのことで「High Intensity Discharge Lamp」の頭文字をとった略称です。
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2-6LEDランプ、その進化プロセス今、照明=LED(発光ダイオード)と言われるほど、LEDがあらゆる空間の照明に注目されています。
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2-7LEDに関する用語の解説LEDに関する専門用語は多々ありますが、特にLED照明を理解するために必要な用語を整理して次に紹介いたします。
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2-8LED電球の種類LED電球(電球形LEDとも言われる)は白熱電球の代替になるLED光源で、口金の形状がE形(エジソンベース),B,GX53形のいずれかを備えたものを言います。
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2-9LED電球の選び方今日、一般照明用LED電球は多くの白熱電球用器具(以下、白熱灯)に使われています。そのなかで最近注目されているのが密閉対応型です。
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2-10直管形蛍光ランプ代替のLEDランプ直管LEDランプ(LED蛍光灯、直管形LEDなどともいわれる)とは直管形蛍光ランプの代替用途になるものです。
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2-11特殊照明用LEDランプ一般照明用のLEDランプ以外に特殊な用途を持ったLEDランプがあります。ここではその幾つかを紹介いたします。
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2-12有機ELと無機ELLED照明が普及しつつあるなかで、いまELが注目されています。ELはLEDの技術では難しいとされる、薄くてぎらつきのない面発光を特徴とする光源です。
第3章 LED照明器具の選び方
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3-1照明器具とその種類照明器具とは様々な素材を用いて光源とその点灯に必要な部品を安全に固定し保護したもので、電気的部分と光学的部分、および機械的部分からなります。
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3-2照明器具に使われる素材照明器具には様々な素材が使われていますが、その中でガラス、プラスチック、金属が3大素材と言われます。
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3-3日本の住宅照明に欠かせないシーリングライト1970年代、蛍光灯の普及によって日本の住宅照明には欠かせなくなった照明器具に大型のシーリングライト(以下、シーリングライト)があります。
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3-4ダウンライト器具の種類ダウンライトは天井に穴をあけて、そこに埋め込まれる器具です。したがって器具そのものの存在をあまり感じさせないで空間の明るさを得ることができます。
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3-5ダウンライトの選び方ダウンライトにはおもに全般照明用と局部照明用、壁面照明用の3種類があります。
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3-6ペンダントライト器具とは消費税が導入される前、個別消費税の一種で物品税がありました。これは主に贅沢品に課せられる税で、照明器具では一基に5灯以上のランプをもつ天井吊り下げ器具のシャンデリアが対象になっていました。
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3-7スポットライト器具の種類と選び方スポットライトを浴びるという言葉があります。これは大勢の人の視線を集める、注目されるという意味になります。
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3-84つの配光別スタンド器具スタンド器具(以下、スタンド)とは床や卓上に置いて使う器具のことで、前者をフロアスタンド(フロアランプと言う)、後者が卓上スタンド(テーブルランプとかデスクランプとも言う)になります。いずれも配線工事が不要で、近くにコンセントがあればどこにでも設置が可能なため使い勝手の良い照明器具です。
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3-9ブラケットと呼ばれる壁付け器具壁に直付けされる器具を一般にブラケットと言います。別にウォールライトとかウォールスコンスなどと呼ばれることもあります。
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3-10屋外用器具の種類屋外照明は道路、街路、広場などを安全な明るさにする目的で普及してきました。しかし今日ではそれに加えて夜の景観や雰囲気を高める照明が注目されています。
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3-11景観照明(ライトアップ)用器具夜、歴史的な建造物や土木的価値のある橋梁などが暗闇から明るく浮かび上がる様はとてもドラマチックで新たな空間の魅力を引き出す照明として、近年クローズアップされています。このような照明は一般にライトアップと呼ばれ、夜の風景に彩りを添える効果として期待されています。
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3-12間接照明とライン形LEDモジュール器具建築化照明とは建築の躯体に照明器具を内蔵して空間の明るさを得る手法です。様々な手法がありますがダウンライト照明が最も代表的な手法です。
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3-13調光・調色の制御方法照明の明るさを変えることはものの見え方と空間の雰囲気を変えることにつながり、人々の行動心理に与える影響は大きいです。
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3-14エネルギー消費効率の高いLEDランプLED照明が省エネになり電気代の節約になることは、今では周知のことと思います。
第4章 照明方式
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4-1全般照明と局部照明全般照明と局部照明は照明方式の一部で、どちらの方式をとるかで空間の雰囲気は大きく変わります。
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4-2タスク・アンビエント照明とはタスク・アンビエント照明は全般照明や局部照明と同じ照明方式の一部です。
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4-3直接照明と間接照明直接照明は天井に設置されたダウンライトやスポットライト器具などによって作業面や見せたい対象(視対象)を直接照らすため、照明効率が高く省エネ照明に寄与します。しかし一方で影が生じやすく、照射角度や配光によって生じる陰翳は人の顔や立体物の見え方を変えて見せます。
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4-4建築化照明と主な手法建築化照明については様々な手法があります。以前に「間接照明とライン形LEDモジュール」の項で一部触れましたが、今回は前回に説明していないものを含め10の手法を以下に紹介します。
第5章 照明の視覚心理・生理
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5-1視覚のメカニズム目は光によってモノを見ることができます。モノが何故見えるのか?その原理を「目から光が出ていて、目を開けたときだけモノが見える」と説いた古代の哲学者がいました。
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5-2目に優しい照明目を刺すようなギラつく光はその強さによって暴力的にもなり、眼を痛めます。日中の太陽光を直視すると危険です。
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5-3照度と視力の関係私たち日本人は北欧や北米諸国の人に比べると明るさの好きな人種のようです。
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5-4輝度と知覚効果輝度の高い光源や照明器具、窓明かりなどを直接目にすると、つい目を細めたり、まぶしすぎると手で光源を隠したりするような仕草をします。
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5-5色温度と照度の心理効果心理は効果の度合によって体調に影響することから、人の状態や行動に関わるために建築やインテリアなどの設計業務で活用されています。
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5-6光に関する脳の働き最近、照明の脳に与える影響が注目されています。