工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第7章 工具の損傷事例と対策

7-3 後工程が原因の不具合事例

1.研削加工による研磨割れの発生事例

金型をはじめ多くの工具類は、焼入焼戻し後に研削加工や研磨加工することが多く、加工時の発熱が原因で不具合を生じることがあります。一般に、研削加工そのものが直接破壊の原因になる例は少ないのですが、汎用的に冷間成形用金型に用いられているSKD11は研削加工によって表面に、き裂を生じる恐れがあります。この現象は研磨割れとよばれ、この発生原因は、研削加工によって表面が加熱されたことであり、摩滅した研削砥石を使用したこと、過度な加工を行ったことによるものです。すなわち、加工熱ができるだけ発生しないような研削加工を行うことであり、砥石の選定はもとより、適正な加工条件で加工することが重要です。

一例として図1に、研磨割れを生じたSKD11製プレス金型の表面の様相と断面組織を示します。この図からも明らかなように、研磨割れの特徴は研削方向に直角にき裂が発生することであり、そのき裂が進展すると亀甲状模様が観察されることもあります。とくに残留オーステナイト(γR)が多量に存在する場合には注意しなければなりません。

図1

γRは研削加工時の発熱によってマルテンサイト変態しますから、研削箇所は局部的に膨張します。この膨張だけでは割れは発生しませんが、その後の加熱によって焼戻マルテンサイトになることによって収縮し、その際の引張残留応力の発生によってき裂を生じます。図1の断面組織からも明らかなように、研磨割れを生じた研削面付近は濃くエッチングされており、高温焼戻し状態の金属組織を呈していますから、この個所は研磨割れだけでなく、同時に軟化していることも予想されます。

2.放電加工にともなう変質層が原因の不具合発生事例

焼入れ焼戻し後にワイヤーカットや型彫りなどの放電加工を施す例がありますが、この加工部からの割れ発生や、使用中にき裂が発生することもあります。これらの原因は、加工面が溶融して加工変質層を生じたためであり、その加工変質層は焼入マルテンサイト+残留オーステナイト(γR)で構成されています。すなわち、この個所は高温で焼入れしたままの状態を呈していますから、図2に示すように放電加工時の初期損傷としてのき裂発生、使用した際のき裂発生など、不具合を生じます。同様に図3は、折損したダイカスト金型ピンの断面組織を示すように、放電加工による変質層の存在がき裂発生の起因になっていることが明らかです。対策としては、加工変質層の少ない加工条件にすることであり、さらに加工変質層の研磨除去や放電加工後の再焼戻しを行うなどが有効です。ただし、くぼみ箇所は研磨残りも発生しやすいので、製品の使用条件によっては十分に考慮すべき問題です。

図2

図3

焼入焼戻し後にワイヤーカットによって金型を製作する際には、加工にともなう寸法変化に注意しなければなりません。この場合も加工条件によっては厚い加工変質層を生じ、その変質層内にはγRも多量に存在しますから、予想寸法よりも収縮してしまいます。一例として図4に、ワイヤーカットによって製作したところ、予想外に収縮したSKD11製金型の断面組織を示すように、加工面によっては厚い変質層が観察されますから、この収縮原因はγRによるものと思われます。この場合は、サブゼロ処理して再度焼戻しを実施すれば、収縮に対する問題の解消は可能と思われます。

図4

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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