工具の通販モノタロウ 作業工具 工具の熱処理・表面処理基礎講座 焼入れ・焼戻し条件と機械的性質の関係

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

2-5 焼入れ・焼戻し条件と機械的性質の関係

工具鋼に要求される重要な機械的性質は延性とじん性ですから、工具鋼を対象にして適用されている機械試験は衝撃試験および抗折試験です。機械構造用鋼に適用されている衝撃試験片はVノッチもしくはUノッチ試験片ですが、工具鋼は機械構造用鋼に比べてじん性はかなり劣りますから、一般にはノッチ効果の小さいRノッチ試験片が用いられています。本項にて使用した機械試験片は、図1に示すような、12Rノッチのシャルピー試験片と直径5mm、長さ70mmの3点曲げ試験片(支点間距離:50mm)です。

図1

図2は、SKS2およびSKS21の機械的性質について焼入温度および焼戻温度との関係を示したものです。ただし、このときの焼入温度の影響に関しては、すべての試料において200℃で60分間の焼戻しを行っています。すべての値(シャルピー衝撃値、最大曲げ応力およびたわみ)は、焼入温度が高くなるほど低下しており、延性およびじん性を重視する場合には焼入温度は低いほど有利であることが分かります。

図2

焼戻温度の影響に関しては、すべての試料において標準的な焼入温度である850℃から油焼入れを行っています。両鋼種とも、400℃以上の温度で焼戻しすることによってじん性(シャルピー衝撃値)および延性(たわみ量)は急激に上昇していますが、これは焼戻しに伴う軟化に起因するものです。

また、抗折試験における最大曲げ応力は400℃までは焼戻温度が高いほど上昇しますが、それより高い焼戻温度では低下する傾向が見られます。この最大値の得られるときの硬さは53~54HRCであり、この硬さは引張強さに比例する最大硬さの値とも一致します。すなわち、このときの硬さよりも高い場合には曲げ応力の最大値に達する前に破壊し、低い場合には変形するためです。

なお、これら傾向は、すべてのSK材、SKS材に共通のものです。また、SKS21のほうがSKS2に比べて全般的に高い値が得られているようですが、これはCrやWなどの合金元素の含有量の違いによるものと思われます。

ダイス鋼の一般的な焼戻温度は150~200℃(低温焼戻し)であり、じん性を重視する場合や後処理として窒化処理やイオンプレーティングなどの表面処理を実施する場合には、500~550℃(高温焼戻し)で行います。すなわち、機械構造用鋼のように適正焼戻温度を微妙に選定して機械的性質を調節するのではなく、焼入温度を調整するのが普通です。

一例として、図3に、SKD1およびSKD11のシャルピー衝撃値に及ぼす焼入温度の影響を示します。両鋼種の熱処理工程は焼入れ(Q)→サブゼロ処理(SZ)→焼戻し(T)であり、焼戻しは200℃で行っています。ただし、SKD1についてはγRの影響を確認するために、サブゼロ処理(SZ)を省いたものも比較しています。この場合には、焼戻しが200℃ですから、γRが焼入れ時のまま残存しているものです。

図3

この図から明らかなように、SKD11はSKD1よりもじん性の点ではかなり有利であることが分かります。両鋼種のCr含有量は同等ですが、SKD1はSKD11よりも炭素含有量がかなり多いため、含有炭化物が粗大であることに起因していると思われます。そのため、現在ではSKD1はほとんど使用されないで、SKD11のほうが汎用的に多用されています。

また、両鋼種とも焼入温度が高いほど衝撃値は低下しており、焼入温度を高くすることはじん性の点では不利であることを示唆しており、この傾向は他の鋼種についても同様です。ただし、本図からも明らかなように、高温から焼入れした場合には軟質のγRが多量に生じますから、SZ処理を省いたほうが、衝撃値は高くなることもあります。すなわち、SZ処理を施すことによって、高い硬さは得られますが、例外なく衝撃値は低下しますから、軟質のγRの存在はじん性の点ではむしろ有効であるといえます。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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