機械要素の基礎講座
1-13 歯車の強度設計
歯車は高速で回転しながら大きな動力を伝達する機械要素です。もし、高速で大きな動力を伝達している歯車が途中で割れるようなことがあれば大事故につながってしまいます。 どんな材料でも、必要以上の力が加わったときに変形や破断をしないものはありません。そのため、動作中の歯車にどのくらいの力がはたらいているのかをきちんと把握しておき、必要以上に大きな力がはたらいて歯車が途中で変形したり、割れたりするようなことがないようにしておくことが求められます。
材料の強度設計の基本は、材料力学という学問体系があります。歯車の強度設計においても、この学問をベースとしていくつかの計算式が提案されてきました。その中でも、1892年にウィルフレッド・ルイスによって提案された歯の曲げ強さに関する関係式は、ルイスの式として、現在でも歯車の強度設計に幅広く用いられています。
細長い棒が荷重を受けて曲げようとする力を受けるとき、この棒のことを「はり」といい、時に一端が固定された「はり」を“片持ちばり”といいます。また、「はり」の1点に集中して荷重が加わるとみなされるものを集中荷重といいます。歯の曲げ強さの考え方は、この集中荷重を受ける“片持ちばり”が基本となります。 すなわち、一枚の歯車の歯先に集中荷重を受ける“片持ちばり”として歯の曲げ強さを考えるのです。ここでは歯の曲げ強さの概要を紹介します。

一枚の歯車の歯の断面に生じる最大曲げ応力は式①で表されます。ここで、Fは回転力としてはたらく円周力、bは歯車の歯幅、mは歯車のモジュール、Yは歯車の歯の形状と曲げ強さの関連を示す曲げ係数、KAは原動機側や従動機側からの衝撃を考慮した使用係数、Kvは歯形誤差や周速度による動的な力を考慮した動荷重係数、SFは安全率です。 式(1)を円周力Fについて解くことで式(2)が得られ、ここから歯車に加えることができる最大の力を求めることができます。はすば歯車など歯にねじりがある場合には、これにねじり角係数が加わります。 また、歯が受ける繰返し回数を考量した寿命係数が加わることもあります。 実際には、式(1)や式(2)の文字に該当する具体的な数値を代入して計算を代入して、歯車の強度設計を行います。興味をもたれた方は、機械設計便覧などを読んで、実際の計算を学んでください。

歯車の強度設計にはルイスの式のほか、歯の歯面強さの視点から導かれた関係式があります。これは19世紀の終わりにハインリヒ・ヘルツが導いた弾性力学の関係式を歯車の接触応力にあてはめたものです。具体的には歯面を円筒面として考え、かみ合った接触部の面圧を計算します。 この関係式はヘルツの式として、現在でも歯車の強度設計に幅広く用いられています。はりの曲げ強さから導いたルイスの式と異なるのは、ヘルツの式は歯車がかみ合うとき、歯面に加わる力とそれによって生じる接触応力に注目したことです。
例えば、歯を曲げ強さから計算したときに強度面で心配がないとしても、先に歯面が摩耗したり、ピッチングとよばれる剥離などによって損傷が生じることを検討しておくのです。細かく分類すると、ピッチングには使用後まもなく歯元に発生する初期ピッチングと初期運転期間を過ぎてからもピッチングが歯面に進行する破壊性ピッチングとがあります。 また、歯の表面からでなく、内部におけるせん断力を起点として表面に向かってき裂が進展するスポーリングという現象もあり、最悪の場合には歯が折れることにつながります。ここでは歯の歯面強さの概要を紹介します。

歯面に生じる許容接触応力は式(1)で表されます。ここで、Fは回転力としてはたらく円周力、bは歯車の歯幅、dは小歯車のピッチ円直径、uは2枚の歯車の歯数比、ZHは領域係数(圧力角が20度のときには2.49)、ZEは材料の縦弾性係数による定数係数、KAは使用係数、KVは動荷重係数、SHは歯面強さに対する安全係数です。 式(1)を円周力Fについて解くことで式(2)が得られ、ここから歯車に加えることができる最大の力を求めることができます。

実際には、式(1)や式(2)の文字に該当する具体的な数値を代入して計算を代入して、歯車の強度設計を行います。数式は複雑に見えますが、規格表などから条件に合う数値を探して代入するだけで、計算は計算機で行えばよいため、それほど難しくありません。興味をもたれた方は、機械設計便覧などを読んで、実際の計算を学んでください。
ところで、曲げ強さから導いたルイスの式と歯面強さから導いたヘルツの式のどちらの計算を採用すればよいのでしょうか。一般的には、硬さが大きく、ピッチングによる損傷が生じにくい場面にはルイスの式を用い、硬さが小さく、歯車の接触が多くなる長時間運転する機械の歯車で摩耗やピッチングによる損傷が生じやすい場面にはヘルツの式を用います。
『機械要素の基礎講座』の目次
第1章 歯車
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1-1歯車のはたらき歯車は機械の運動に関係する代表的な機械要素です。何か動くものを作ろうとするときには、必ずと言ってよいほど歯車が使用されます。
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1-2歯車の歯形歯車の歴史は古く、木製の車の外周に歯のようなものをつけて、水汲み装置などに使われていたのは、紀元前からとされています。
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1-3歯車のピッチとモジュール歯車を滑らかにかみ合わせるためには、インボリュート曲線が用いられていることは説明しましたが、歯形全体の形状のイメージはもてたでしょうか。
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1-4歯車の各部名称車にはピッチやモジュールの他にもさまざまな各部名称があり、歯車のかみ合いを考えるときに重要となります。
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1-5標準平歯車の特長と寸法計算歯車にはさまざまな種類がありますが、代表的で基本形となるものが標準平歯車です。
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1-6歯車の速度伝達比歯車は実際の工業の場面では一組で用いられることは少なく、複数個を順番にかみ合わせて動力や速度を伝達することが多くあり、これを歯車列といいます。
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1-7二軸が平行な歯車の特長と種類これまで紹介してきた歯車は、歯の山の方向である歯すじが歯車の回転軸に対して平行で直線状である平歯車であり、一般的な形状の歯車として動力伝達用に幅広く用いられています。
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1-8二軸が交わる歯車の特長と種類歯車には回転を伝達する二軸が交わる種類もあります。かさ歯車は傘の形状に似た円すい形の歯車であり、べべルギアともよばれます。
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1-9減速歯車装置のはたらき機械の複雑な動きの原動力は回転運動であることが多く、その回転速度や回転力を変換するために歯車が用いられます。
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1-10増速歯車装置のはたらき歯車は多くの場合、減速歯車装置として使われますが、増速歯車装置として使われることもあります。
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1-11差動歯車装置のはたらき歯車は減速装置や増速装置のほかにも、さまざまな活用法があります。差動歯車装置は、2つ以上の運動の和や差を検出して、1つの運動にして出力する歯車列であり、古くは古代中国に伝わる仙人が常に南を示す指南車が知られています。
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1-12遊星歯車装置のはたらき遊星歯車装置は、太陽のまわりを惑星が回転するように、一組の互いにかみ合う歯車において、二枚の歯車がそれぞれ回転すると同時に、一方の歯車が他方の歯車の軸を中心として公転するものです。
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1-13歯車の強度設計(1) 歯の曲げ強さ歯車は高速で回転しながら大きな動力を伝達する機械要素です。もし、高速で大きな動力を伝達している歯車が途中で割れるようなことがあれば大事故につながってしまいます。
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1-14歯車の強度設計(2)歯の歯面強さ歯車の強度設計にはルイスの式のほか、歯の歯面強さの視点から導かれた関係式があります。
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1-15歯車の作り方~成形法複雑な歯車の形状はどのように作られているのでしょうか。その昔、木製の簡単な歯車は手工具で加工をしていました
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1-16歯車の作り方~創成法歯車の歯を一枚ずつ成形法に対して、歯を全体的に少しずつ成形する工作法を創成法といいます。
第2章 ベルトとチェーン
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2-1ベルト・チェーンのはたらき歯車の強度設計1 歯の曲げ強さ
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2-2ベルトの種類ベルトは断面形状や材質の違いなどによって分類できます。
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2-3ベルトの選定ベルトの速度伝達比は歯車と同様に考えることができます。
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2-4チェーンの種類ベルトの速度伝達比は歯車と同様に考えることができます。
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2-5チェーンの選定チェーンの速度伝達比も歯車やベルトと同様に考えることができます。
第3章 ばね
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3-1ばねのはたらき代表的な機械要素であるねじや歯車と同じように、ばねも私たちの身のまわりでたくさん使われています。ばねは本格的な機械の内部のみならず、洗濯ばさみやノック式のボールペン、乾電池の留め具など、日用品の中にも数多く見つけることができます。
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3-2ばねの歴史ばねの歴史は何をばねと見なすかによって異なりますが、古代人が動物を捕獲するために木の復元力を利用して作った罠や、狩猟・採集に用いられた木で作られた弓矢などがばねの起源と言えるでしょう。
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3-3ばねの物理ばねの歴史は何をばねと見なすかによって異なりますが、古代人が動物を捕獲するために木の復元力を利用して作った罠や、狩猟・採集に用いられた木で作られた弓矢などがばねの起源と言えるでしょう。
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3-4圧縮コイルばねの特徴と種類圧縮コイルばねは、主として圧縮荷重を受けて弾性エネルギーを蓄えるコイルばねです。
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3-5引張コイルばねの特徴と種類圧縮コイルばねは、主として圧縮荷重を受けて弾性エネルギーを蓄えるコイルばねです。
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3-6ねじりコイルばねの特徴と種類ねじりコイルばねは、コイルの中心軸まわりにねじりモーメントを受けるコイルばねです。
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3-7渦巻きばねの特徴と種類渦巻きばねは平面内で渦巻形をしているばねであり、コイル同士が接触する接触型渦巻ばねとコイル同士が離れている非接触型渦巻ばねとがあります。
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3-8ばねに使用される材料冷間成形によって製造されるばね用鋼線のうち、代表的なものは硬鋼線とピアノ線です。
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3-9コイルばねの成形コイルばねは線材を精密かつ高速でコイル状に成形する必要がありますが、具体的にどのような工程でコイリングされているのでしょうか。