機械部品の熱処理・表面処理基礎講座
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
5-1 アルミニウム合金とその熱処理
アルミニウムおよびアルミニウム合金には、展伸材と鋳物材があります。展伸材とは、圧延加工した板や条、展伸加工した棒や線のことをいいます。鋳物材としては、砂型または金型鋳造法によって造られているアルミニウム合金鋳物、高圧鋳造法で造られるアルミニウム合金ダイカストがあり、それぞれJISでも多種類のものを規定しています
展伸材のJIS記号はAで表示し、それに続けて4桁の数字によって合金の種類を分類しています。合金の種類としては、1000系、2000系、3000系、5000系、6000系、7000系があり、最初の数字が合金系を示し、最後の2桁によってさらに細分類しています。
表1に、アルミニウムおよびアルミニウム合金展伸材の分類と主な用途を示します。1000系は純度99%以上の純Alで、その純度や微量の添加元素によって細分類されています。ジュラルミン(A2017)に代表される2000系(Al-Cu-Mg系)、6000系(Al-Mg-Si系)および7000系(Al-Zn-Mg系)は、熱処理(溶体化処理→時効処理)によって高強度が得られます。
表1 アルミニウムおよびアルミニウム合金展伸材の分類と主な用途
合金番号 | 合金系 | 主な用途 |
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1000系 | 純Al系 | 装飾品、ネームプレート、印刷板、各種容器、照明器具 |
2000系※ | Al-Cu-Mg系 | 航空機用材、各種構造材、航空宇宙機器、機械部品 |
3000系 | Al-Mn-(Mg)系 | 一般用器物、建築用材、飲食缶、電球口金、各種容器 |
5000系 | Al-Mg系 | 建築外装、車両用材、船舶用材、自動車用ホイール |
6000系※ | Al-Mg-Si系 | 船舶用材、車両用材、クレーン、建築用材、陸上構造物 |
7000系※ | Al-Zn-Mg-(Cu)系 | 航空機用材、車両用材、陸上構造物、スポーツ用品 |
8000系 | Al-Fe系 | アルミニウムはく地、装飾用、電気通信用、包装用 |
※熱処理によって高強度が得られるもの
アルミニウム及びアルミニウム合金鍛造品〔JIS H 4140〕ではA4032が規定されている。
アルミニウム合金鋳物のJIS記号はACで表示し、表2に示すように、組成によって多くのものを規定しています。Al-Si系やAl-Cu-Si系は、Siの作用によって鋳造性が優れています。Al-Si-Mg系は、Mgの添加によってAl-Si系よりも強度を向上させたもので、ブレーキドラム、クランクケース、ギヤボックス、船舶用・車両用エンジン部品などに用いられています。Al-Mg系のAC7Aは鋳造性がよくありませんが、耐食性やじん性が優れているため、航空機や船舶用部品、架線金具などに用いられています。Al-Si-Cu-Ni-Mg系のAC8Aなどは、金型鋳造法によるもので、強度および耐熱性が優れ、熱膨張係数が小さいため、自動車用ピストン、プーリー、軸受などに用いられています。
表2 アルミニウム合金鋳物の分類と特徴・用途
種類の記号 | 合金系 | 特徴・用途 |
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AC2A | Al-Cu-Si 系 | 鋳造性が優れており引張強さは高いが、伸びが小さい。マニホールド、ポンプボディ、シリンダーヘッド、自動車用足回り部品など |
AC3A | Al-Si 系 | シルミンと呼ばれ、12~14%Si(共晶)合金で、鋳造性が優れているが、 耐力が低い。用途は薄肉品に限られており、ケース類、カバー類など |
AC4A | Al-Si-Mg 系 | 改良型シルミンと呼ばれ、Mgの添加によって、強度を向上させたもの。ブレーキドラム、ギヤボックス、船舶・車両用エンジン部品など |
AC4CH | 不純物を極力抑えた高純度合金。自動用ホイールに多用 | |
AC7A | Al-Mg 系 | 鋳造性は良くないが、耐食性や靭性が優れている。航空機や船舶部品、架線金具など |
AC8A | Al-Si-Cu-Ni-Mg系 | 金型鋳造によって作られており、強度および耐熱性が優れ、熱膨張係数が小さい。自動車用ピストン、プーリー、軸受など |
Al合金ダイカストのJIS記号はADCで表示し、鋳造性を強く要求されるため、一部を除いて多量のSiが添加されています。ダイカストは他の鋳造法に比べてはるかに冷却速度が速いため、組織の微細化や不純物元素の固溶が促進されて高強度が得られます。一例として図1に鋳造法の異なるADC12の顕微鏡組織を示します。精密鋳造品は、比較的粗大なAl-Siの共晶と種々の金属間化合物が観察されますが、ダイカスト品は共晶および金属間化合物が微細であり、急速冷却の効果は明らかです。

図1 SDC12(Al-Si-Cu系)の鋳造法の違い
工業的によく用いられているものはAl-Si-Cu系のADC12で、生産性が高く、機械的性質も優れているため、自動車用のミッションケースなど各種部品、産業機械用部品、光学部品、家庭用器具など広範囲の分野で使用されています。
Al-Cu-Si系のAC2A、Al-Si-Mg系のAC4A、Al-Si-Cu系のADC12などは溶体化処理→時効処理(T6処理)を施すことによって強度を高めることができます。この強化機構は固溶強化と析出強化であり、例えばAl-Si-Mg系の場合は溶体化処理後の時効処理によって硬質の金属間化合物であるMg2Si相が析出して時効硬化します。
時効処理には自然時効と人工時効とがあり、前者は室温に放置することによって自然に過飽和固溶体から微細な二次相を析出させる処理である。人工時効とは、室温以上の所定の温度に加熱することによって二次相を析出させる処理です。処理温度は合金の種類によって若干異なりますが、溶体化温度は500~530℃の範囲、時効処理温度は200℃前後です。
アルミニウム合金は、焼なまし、溶体化処理、時効処理(自然時効、人工時効)、冷間加工などによって、強度やじん性を調整できます。そのため、JISでもマグネシウム合金も含めて、共通の質別記号を規定しています。表3に質別記号とその意味を概略示すように、加工硬化の記号はH、熱処理の記号はTで、その後ろに数字を付記して具体的な処理内容を区別しています。最もよく利用されている処理はT6処理で、これは溶体化処理後人工時効硬化するものです。
表3 アルミニウム、マグネシウムおよびそれらの合金の質別記号
基本記号 | 細分記号 | 意味 |
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F:製造のまま | ||
O:焼なまし(最も柔らかい状態) | ||
H:加工硬化 | H1 | 加工硬化だけ |
H2 | 加工硬化後適度に軟化熱処理 | |
H3 | 加工硬化後安定化処理 | |
H4 | 加工硬化語塗装 | |
W:溶体化処理(溶体化処理後常温で自然時効する合金だけに適用) | ||
T:熱処理 | T1 | 高温加工から冷却後自然時効 |
T2 | 高温加工から冷却後冷間加工を行い、さらに自然時効 | |
T3 | 溶体化処理後冷間加工を行い、さらに自然時効 | |
T4 | 溶体化処理後自然時効 | |
T5 | 高温加工から冷却後人工時効硬化処理 | |
T6 | 溶体化処理後人工時効硬化処理 | |
T7 | 溶体化処理後安定化処理 | |
T8 | 溶体化処理後冷間加工を行い、さらに人工時効硬化処理 | |
T9 | 溶体化処理後人工時効硬化処理を行い、さらに冷間加工 | |
T10 | 高温加工から冷却後冷間加工を行い、さらに人工時効硬化処理 |
『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次
第1章 機械部品に用いられる材料
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1-1機械材料の種類と分類機械を構成している材料は、総称して機械材料と呼ばれています。機械材料は図1のように、金属材料、非金属材料および複合材料に分類できます。
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1-2鉄鋼材料の種類と分類鉄鋼材料は、合金元素の添加や熱処理によって物理的性質や機械的性質を容易にコントロールすることができます。
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1-3鉄鋼とは鉄鋼材料の主成分は鉄(Fe)であり、そのほかに必ず含まれる元素があります。
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1-4純鉄の結晶構造金属は、原子が規則正しく配列した結晶であり、その配列の仕方によって種々の結晶構造が存在します。
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1-5鉄鋼の温度と金属組織の関係(鉄―炭素系平衡状態図)鋼の基本は鉄(Fe)と炭素(C)との合金であり、含有する炭素量によって各温度における金属組織は異なります。
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1-6鉄鋼の冷却速度と特性の関係(連続冷却変態)前回解説した鉄―炭素系の平衡状態図は、鉄鋼材料を扱う者にとっては重要ですが、熱処理作業においては連続冷却変態曲線のほうがもっと重要です。
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1-7鉄鋼の等温保持による特性の変化(等温変態)前回は、オーステナイト領域から連続冷却したときの変態について説明し、熱処理との関係を示しました。
第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割
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2-1熱処理の種類と分類熱処理とは、適当な温度に加熱して冷却する操作のことを言い、鉄鋼材料はこの操作によって所定の機械的性質や耐摩耗性が付加され、個々の持っている特性が引き出されます。
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2-2完全焼なましと焼ならしの役割完全焼なましは、機械構造用炭素鋼および機械構造用合金鋼にはよく適用される処理で、主な役割は組織の調整と軟化です。
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2-3球状化焼なましの役割球状化焼なましは、炭素工具鋼(SK)、合金工具鋼(SKS)および軸受鋼(SUJ)には必須の熱処理です。
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2-4応力除去焼なましの役割低温焼なましは、溶接、鋳造、冷間加工などによって生じた残留応力を除去し、軟化や焼入変形の軽減を目的として行われるもので、加熱温度はA1変態点以下です。
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2-5焼入れと焼戻しの役割焼入れの目的は二つあり、機械構造用鋼と工具鋼とでは異なります。機械構造用鋼に対する目的は、高い強度を付与することであり、焼入れ後に施す焼戻しとの組み合わせによって、要求される機械的性質を得るための前処理として位置づけられています。
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2-6等温熱処理の種類と役割等温変態曲線を利用した熱処理は等温熱処理とよばれ、同等の金属組織が得られる通常の熱処理よりも、短時間処理が可能なこと、熱処理にともなう変形が少ないこと、機械的性質の優れたものが得られることなど、多くの利点がある熱処理法です。
第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し
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3-1機械構造用鋼の種類と分類機械部品に多用されている機械構造用鋼は、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼、焼入性を保証した構造用鋼がJISに規定されています。
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3-2熱処理条件と金属組織機械構造用鋼の持っている最高の特性を発揮させるためには、理想的には焼入れによって完全なマルテンサイト組織にすることです。
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3-3熱処理条件と硬さの関係硬さは機械的性質を決める基本ですから、熱処理を依頼する際には、硬さ指定するのが普通です。しかも、その硬さは焼入れと焼戻しとの組み合わせで決まりますから、それらの条件設定は非常に重要です。
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3-4熱処理条件と機械的性質の関係機械構造用鋼にて作製した機械部品に要求される特性は、引張強さやせん断強さと同時に衝撃に強いことです。これらの特性は、材質によっても異なりますが、一般には焼入れ焼戻しによって調整されています。
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3-5硬さと機械的性質の関係前項までに記述したように、機械構造用鋼の硬さや機械的性質は焼戻温度に依存していることが明らかです。
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3-6焼入性と合金元素の関係焼入後の硬さの値は表面からの測定値で表しますが、鋼種によっては内部硬さが全く異なることも多々あります。
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3-7質量効果と合金元素の関係前回紹介した焼入性とは、鋼材そのものの特性ですから、JISによって試験片の寸法・形状、焼入加熱温度が規定されていますし、焼入冷却は試験片の一端からの噴射冷却で、そのときの冷却速度は無限大が前提になっています。
第4章 ステンレス鋼とその熱処理
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4-1ステンレス鋼の種類と用途ステンレス鋼はCrを11%以上含有した鋼で、金属組織の違いによって、オーステナイト系、オーステナイト・フェライト系(二相系)、フェライト系、マルテンサイト系および析出硬化系に分類されています。
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4-2オーステナイト系ステンレス鋼の熱処理オーステナイト系ステンレス鋼は、焼入れによって硬くして、引張強さを高めることはできません。
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4-3マルテンサイト系ステンレス鋼の熱処理マルテンサイト系ステンレス鋼は、図1に示すように焼入れによってマルテンサイト組織が得られ、低温焼戻しによって優れた耐摩耗性とじん性が付与されますから、耐食性も重視した機械構造用部品、医科用機械部品、刃物および金型などに多用されています
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4-4析出硬化系ステンレス鋼の熱処理析出硬化系ステンレス鋼は、SUS630とSUS631の2種類がJISで規定されています。表1に示すように、両鋼種とも固溶化熱処理後(熱処理記号:S)に析出硬化熱処理を行い、所定の強度を付与して使用されます。
第5章 非鉄金属材料とその熱処理
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5-1アルミニウム合金とその熱処理アルミニウムおよびアルミニウム合金には、展伸材と鋳物材があります。展伸材とは、圧延加工した板や条、展伸加工した棒や線のことをいいます。
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5-2銅合金とその熱処理銅は有色金属で色合いが美しく、切削加工や塑性加工が容易で、しかも鋳造性も良好なため、鉄よりも遥かに古くから使用されています。
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5-3チタン合金の熱処理チタンは、密度が鉄の約1/4ですから軽量金属材料として分類されており、しかも比強度が高く、耐食性も優れています。
第6章 機械部品に対する表面処理の役割
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6-1清浄と表面処理表面処理を適用する場合、汚れが付着したままでは、密着不良になるだけでなく、正常な処理層が得られないなどの不具合を生じてしまいます。
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6-2防錆・防食と表面処理腐食には、乾式による腐食(乾食)と湿式による腐食(湿食)とがあり、機械部品においてとくに問題になるのは後者です。
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6-3着色と表面処理着色は、表面処理の種類によっては代表的な利用目的であり、図1に示すように、着色法には塗装、印刷およびPVDなど物理的方法、薬品による表面反応や加熱による酸化を利用する化学的方法、電気めっきや陽極酸化など電気化学的方法があります。
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6-4摩擦摩耗特性と表面処理機械部品において、使用中に相手との摩擦をともなう箇所では、必ず摩耗が発生しますから、耐摩耗性を付与するために種々の表面硬化処理が利用されています。
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6-5耐疲労性と表面処理疲労(疲れ)とは、物体が繰返し応力を受けた際に、その応力が物体の持つ引張強さよりも小さい応力であっても、徐々にき裂が発生・進展していくことで、最終的には破壊してしまいます。
第7章 機械部品を対象とした主な表面処理
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7-1表面処理の種類と分類表面処理とは、製品や部品の表面を何らかの方法で処理加工することで、表1のように分類することができます。
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7-2表面焼入れの種類と適用表面焼入れとは、鋼の変態点以上(オーステナイト領域)まで急速に加熱し、内部温度が上昇する前に急速に冷却して表面だけ硬化させるものです。
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7-3浸炭/浸炭窒化処理の種類と適用浸炭とは、炭素含有量の少ない鋼を浸炭剤中でオーステナイト領域の高温(900℃位)に加熱し、表面から炭素(C)を拡散浸透させることです。
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7-4窒化/軟窒化処理の種類と適用窒化処理は、表1に示すように、工業的にはガス窒化から始まり、塩浴を用いる方法やプラズマを用いる方法など多くの方法が開発され、広範囲の分野で採用されています。
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7-5金属元素の拡散浸透処理の種類と適用金属元素の拡散浸透処理は、主に鋼を対象として耐食性や耐熱性の付加を目的として利用されています。
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7-6電気めっきの原理と適用電気めっきとは、めっきしたい金属イオンを含む水溶液中で、めっき処理品を陰極(-極)、めっきしたい金属を陽極(+極)として電解するものです。
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7-7無電解めっきの原理と適用無電解めっきは、電気を使わないで化学反応によって皮膜を析出させますから、化学めっきともよばれています。
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7-8溶融めっきの原理と適用溶融めっきとは、溶融金属中に処理物を浸漬して表面に溶融金属の皮膜を形成させるものです。
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7-9溶射の種類と適用溶射とは、燃焼炎または電気エネルギーを用いて溶射材料を加熱し、溶融またはそれに近い状態にした粒子を物体表面に吹き付けて皮膜を形成させる表面処理法です。
第8章 機械部品の損傷と調査法
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8-1機械部品の破損の種類金属製品の損傷には、物理的因子によるものと化学的因子によるものがあります。
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8-2機械部品の破壊に及ぼす因子金属製品の破壊に及ぼす因子としては、図1に示すように、金属製品自身の問題と使い方の問題があります。
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8-3機械部品の熱処理欠陥熱処理欠陥には多くの種類がありますが、初期損傷として発覚することが多いので、その大部分は使用する前に露見します。
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8-4破損品の原因調査手順破損とは物理的因子によって生じる損傷で、その現象には破壊、変形および摩耗があります。
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8-5マクロ観察による破壊形態の確認破壊原因を特定するためには、破面を観察することは当然ですが、いきなり走査型電子顕微鏡(SEM)によってミクロ観察するのではなく、はじめにマクロ観察によって破面の状況を十分に把握しなければなりません。
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8-6ミクロ破面の観察による破壊形態の確認破面のミクロ観察は通常走査型電子顕微鏡によって行われています。破壊には結晶粒界に沿って亀裂が進行する粒界破壊と結晶粒内を進行する粒内破壊があります。
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8-7機械部品の破損事例(脆性破壊)脆性破壊を生じる要因としては、硬質部品におけるエッジ箇所の存在、材料不良や熱処理不良、めっき時の水素の侵入、残留応力など種々のものがあげられます。
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8-8機械部品の破損事例(疲労破壊)疲労破壊とは、繰返し負荷される荷重によって破壊するもので、とくに機械部品には最も多く発生するものです。
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8-9機械部品の破損事例(めっき品のトラブル)機械部品は主に耐食性を付加するために、亜鉛(Zn)めっきをはじめ種々のめっきの適用事例が多いのですが、同時にめっき品に発生する不具合も多々あります。