工具の通販モノタロウ 機構部品 機械部品の熱処理・表面処理基礎講座 析出硬化系ステンレス鋼の熱処理

機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第4章 ステンレス鋼とその熱処理

4-4 析出硬化系ステンレス鋼の熱処理

析出硬化系ステンレス鋼は、SUS630とSUS631の2種類がJISで規定されています。表1に示すように、両鋼種とも固溶化熱処理後(熱処理記号:S)に析出硬化熱処理を行い、所定の強度を付与して使用されます。なお、両鋼種ともCr含有量は17%位ですが、Ni含有量はSUS630が4%位、SUS631が7%位ですから、Ni量とCr量を並べて、前者は17-4PH(precipitation hardening)、後者は17-7PHと呼ばれています。

表1 析出硬化系ステンレス鋼の熱処理と機械的性質

種類の記号 熱処理 硬さ
HBW
引張強さ
N/mm2
伸び
絞り
種類 記号 条件
SUS630 固溶化 S 1020~1060℃ 急冷 363以下
H900 S処理後 470~490℃ 空冷 375以上 1310以上 10以上 40以上
H1025 S処理後 540~560℃ 空冷 331以上 1070以上 12以上 45以上
H1075 S処理後 570~590℃ 空冷 302以上 1000以上 13以上 45以上
H1150 S処理後 610~630℃ 空冷 277以上 930以上 16以上 50以上
SUS631 析出硬化 S 1000~1100℃ 急冷 229以下 1030以下 20以上
RH950 S処理後 955℃→室温まで空冷→-73℃→
510℃→空冷
388以上 1230以上 4以上 10以上
TH1050 S処理後 760℃→15℃以下に冷却→565℃→空冷 363以上 1140以上 5以上 25以上
(1)SUS630の熱処理

固溶化熱処理は1020~1060℃から急冷し、得られる金属組織はマルテンサイトですから、その後の冷間加工は困難です。固溶化熱処理後に析出硬化処理して、強じん性を付与しますが、そのときの処理温度は要求される硬さによって設定します。例えば、470~490℃で析出硬化させたときの硬さは375HBW以上の硬さが得られますが、処理温度が高くなるほど軟化しますから、マルテンサイト系ステンレス鋼の焼戻しに類似した現象を呈します。なお、この鋼種の析出硬化に寄与する合金元素は、銅(Cu)およびニオブ(Nb)です。

JISでは、この析出硬化処理温度によって熱処理記号を決めており、例えば、470~490℃で析出硬化する場合の記号はH900です。このHは硬化(Hardening)、900は華氏900度(482℃)の意味で、華氏による析出硬化処理温度を示しています。ちなみに、熱処理記号がH1075であれば、析出硬化処理温度は570~590℃になります。一例として、図1にH900処理したSUS630の顕微鏡組織を示します。

図1 SUS630の顕微鏡組織(H900)

図1 SUS630の顕微鏡組織(H900)

(2)SUS631の熱処理

固溶化熱処理は1000~1100℃から急冷し、得られる金属組織は準安定オーステナイトですから、200HBW程度の軟質です。したがって、一般には、固溶化熱処理後に冷間成形加工によって加工硬化させてから、析出硬化処理を実施します。ただし、析出硬化処理に際して、表1に示すように、不安定なオーステナイトから安定なマルテンサイトに変態させるための熱処理を行います。また、この場合も、析出硬化処理温度によって熱処理記号が決まっており、RH950およびTH1050の2種類があります。なお、この鋼種の析出硬化に寄与する合金元素は、アルミニウム(Al)です。また、析出硬化処理によって得られる硬さは、固溶化熱処理後の加工硬化程度が大きいものほど高い値が得られます。

(3)ばね用ステンレス鋼帯の熱処理

ばね用ステンレス鋼帯として、2種類の析出硬化系ステンレス鋼がJISに規定されています。すなわち、表2に示すように、SUS631-CSPとSUS632J1-CSPがあり、これらを適用する製品の多くは高強度を得るために、固溶化熱処理後に冷間圧延してから析出硬化熱処理を行います。このときの冷間圧延の程度によって得られる硬さは異なり、冷間圧延後の硬さが高いものほど析出硬化熱処理後の硬さも高くなって高強度が得られます。

とくにSUS632J1-CSPは、このばね用ステンレス鋼帯としてのみ規定されているもので、析出硬化処理によって、他の鋼種よりも遥かに高い限界値が得られます。しかも、析出硬化処理前の複雑な熱処理は不要であり、冷間圧延後は直接析出硬化処理を行います。なお、この鋼種の析出硬化に寄与する合金元素は、チタン(Ti)および銅(Cu)です。

表2 ばね用析出硬化系ステンレス鋼帯の熱処理と機械的性質〔 JIS G 4313(1996)の表5、表6および参考表1より抜粋 〕

種類の記号 調質の記号 冷間圧延又は固溶化熱処理状態 析出硬化熱処理状態
硬さ
HV
引張強さ
N/mm2
熱処理記号 硬さ
HV
引張強さ
N/mm2
ばね限界値
N/mm2
SUS631 -CSP O  200以下  1030以下  TH1050 345以上 1140以上 635以上 
RH950 392以上 1230以上
1/2H 350以上 1080以上 CH 380以上 1230以上 635以上
3/4H 400以上 1180以上 CH 450以上 1420以上 835以上
H 450以上 1420以上 CH 530以上 1720以上 980以上
SUS632J1-CSP 1/2H 350以上 1200以下 CH 400以上 1300以上 1200以上
3/4H 420以上 1450以下 CH 480以上 1550以上 1400以上

〔 O:固溶化熱処理状態  1/2H、3/4H、H:冷間圧延状態  CH:475℃で1時間保持後空冷 〕

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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