機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

2-1 熱処理の種類と分類

熱処理とは、適当な温度に加熱して冷却する操作のことを言い、鉄鋼材料はこの操作によって所定の機械的性質や耐摩耗性が付加され、個々の持っている特性が引き出されます。熱処理には、処理物全体を加熱・冷却して所定の特性を付与するものと、表面にのみ所定の特性を付与する表面熱処理があります。

加熱温度が高いか低いか、冷却速度が速いか遅いか、その目的は硬くするのか軟らかくするのか、によって表1のように分類できます。鉄鋼材料を対象としてよく利用されている熱処理には、焼なまし、焼ならし、焼入れおよび焼戻しがあり、それぞれ加熱・冷却操作や処理目的が異なっています。

表1 鉄鋼材料を対象とした熱処理(全体熱処理)

名称 主な適用材料 主な目的
焼なまし 完全焼なまし 機械構造用鋼全般 組織の調整、軟化
球状化焼なまし 機械構造用鋼全般 塑性加工性の改善、じん性の付与
炭素工具鋼、低合金工具鋼、軸受鋼 じん性の付与、被削性の改善
低温焼なまし 鉄鋼材料全般 応力(加工、溶接、鋳造)の除去、軟化
焼ならし 機械構造用鋼全般 組織の微細化、組織の均質化、硬化
焼入れ 機械構造用鋼全般、ばね鋼、軸受鋼 硬化、機械的強度の向上
工具鋼全般、マルテンサイト系ステンレス鋼 硬化、耐摩耗性の向上
焼戻し 100~200 ℃ 炭素工具鋼、低合金工具鋼、ダイス鋼 じん性の付与
400~450 ℃ ばね鋼、炭素工具鋼 ばね特性の付与
450~650 ℃ 機械構造用鋼全般、マルテンサイト系ステンレス鋼 機械的性質の調整
500~600 ℃ 高速度工具鋼、ダイス鋼 耐摩耗性の向上、じん性の付与
サブゼロ処理 冷間成形用工具鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼 耐摩耗性の向上、経年変化の防止
固溶化処理 オーステナイト系ステンレス鋼 粒間腐食の防止、軟化
析出硬化系ステンレス鋼、マルエージング鋼 合金成分の固溶
析出硬化処理 析出硬化系ステンレス鋼、マルエージング鋼 機械的強度の向上、ばね特性の付与
等温熱処理 オーステンパ 機械構造用合金鋼、ばね鋼 じん性の付与、ばね特性の付与
マルテンパ 合金工具鋼、機械構造用合金鋼 焼入歪を軽減した焼入硬化

操作方法は同じであっても、対象鋼種や処理目的が異なる場合には、熱処理の名称も異なることもあります。例えば、焼入れと固溶化処理とは両方とも高温から急冷する操作ですが、前者では焼入硬化するものが対象であり、後者の場合はオーステナイト系ステンレス鋼のように合金成分を固溶して軟化させるものが対象です。ただし、「焼入れ」とは「急冷する」の意味ですから、アルミニウム合金の溶体化処理のことを「焼入れ」と称することもあります。

図1は、熱処理の基本である機械構造用鋼の加熱・冷却操作と、組織変化および熱処理の名称との関係を示したものです。ただし、A3変態点以上で加熱してオーステナイト組織にし、その後の冷却または加熱操作の違いについて示しています。なお、この図はすべての機械構造用鋼に共通のものであり、材質およびオーステナイト化温度がまったく同一であっても、冷却操作が異なれば、金属組織および熱処理の名称も変わることが分かります。

図1機械構造用鋼における加熱・冷却操作と組織変化および熱処理の名称(変態点以上に加熱した場合)

図1機械構造用鋼における加熱・冷却操作と組織変化および熱処理の名称(変態点以上に加熱した場合)

冷却操作が徐冷と空冷の場合、金属組織は両者ともフェライト+パーライトですが、前者に比べて後者のほうが基本的にはパーライト量が多くなって高い硬さが得られるため、熱処理の名称はそれぞれ完全焼なましと焼ならしとして区別され、当然熱処理の目的もまったく異なります。

鋼を対象とした表面熱処理は図2に示すように、表面焼入れと熱拡散処理に分類することができます。表面焼入れは、加熱源の種類によって4種類に細分化されており、その中でも工業的規模では高周波焼入れが最もよく利用されています。表面焼入れとは、焼入硬化が可能な鋼表面の必要な箇所だけを急速加熱するもので、処理層内では加熱によって炭素原子(C)は固溶していますが、その後の急冷によってマルテンサイト変態して硬化するもので、化学成分は変化しません。

図2鉄鋼材料を対象とした表面熱処理の種類

図2鉄鋼材料を対象とした表面熱処理の種類

熱拡散処理とは、加熱によってFe以外の元素を拡散浸透するもので、非金属元素(C,N,S,Bなど)を拡散させるものと、金属元素(Cr,Al,V,Tiなど)を拡散させるものに分けられます。熱拡散処理の場合は、処理物全体が加熱されて鉄(Fe)以外の異種原子が表面から侵入して内部に向かって拡散しますから、処理層内では化学成分が変化しています。

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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